第163話 勝負は既に、始まっている

 翌日。


 いつも通りに遅刻して、いつも通りにフレイア先生に絞られた後、俺は授業を受けた。


 そこまでは、なんの変哲も無い一日だった。




 え? それがいつも通りじゃいけないだろうって?


 それは、うん。まあ確かにそうだ。


 しかし、いきなり遅刻しなくなったら、俺達を貶めようと画策しているヤツらに、何かを勘付かせてしまうかもしれない。


 そのような事態を避けるためにも、努めて冷静にいつも通り怠惰な俺を演じるしかないのだ。




 そう。これは相手を油断させるための演技。


 断じて、生活リズムを正そうとしない自分への言い訳などではない。




 そんな感じで理論武装という名目のただの屁理屈を自分に言い聞かせていると、授業終了のチャイムが鳴った。




「――よし。今日の古代語の授業はここまでだ。お前達ちゃんと復習しておけよ?」




 フレイア先生が、出席簿で自身の肩をトントンと叩きながら、片目を閉じて生徒達に言い聞かせる。


 このフェロモン教師め。そーゆーくたびれた感じの仕草でさえ、女子と男子のハートを射止めてしまうことを、そろそろ自覚した方がいいと思う。




「それからリクス。お前はあとで今日の分の課題を提出しに来い」


「あ、すいません。やるの忘れてま――」


「提 出 し に 来 い 。 わかったな?」


「…………はい」




 黒いオーラが漂う微笑を浮かべるフレイア先生に睨まれた俺は、縮こまって返事をするしかなかった。




「まったく。実技は飛び抜けて優秀なくせに、どうして座学はそうやる気がないんだかな……」




 フレイア先生はやれやれと肩をすくめて、俺の方を流し見た。


 ていうか、下まつげ長いな、この先生。




「教師として1人の生徒を贔屓するのは反則だが、私はお前のことを高く評価している。次の試験、赤点だけはとるなよ?」


「ぜ、善処します」


「ああ、そうしてくれ」




 勝ち気な笑みを浮かべ、フレイア先生は教室を去って行った。




――。




 その後、残された教室で事件は起きた。


 


「次は……あー、魔歴基礎の授業か……だりぃな」




 俺は大きくため息をつき、机の中から教科書を取り出す。


 そうして次の授業の準備をしていた、そのときだった。




 ガコンッ!


 という派手な音とともに、俺の視界がぐるりと反転した。


 


「いてっ!」




 次の瞬間、俺は尻餅をついていた。


 どうやら、何かが俺のイスにぶつかって、その衝撃で俺の身体がイスから転げ落ちたらしい。




「あー、悪い悪い」




 天井を向いている俺の視界に、誰かの顔が入り込んで来た。


 睥睨するかのように俺の顔を覗き込んでくるソイツは、鼻にピアスをつけた不良じみた少年だった。




 以前、俺が同級生から賞賛を受けているときに、陰で悪口を言っていた4人組(アンドラスくんは悪口を言ってなかったが)だ。(※141話登場)


 確か、この不良の名前は――バラガスと言ったか。要注意人物と言うことで、生徒名簿でチェックしておいたのだ。




「わざとじゃないんだ。走ってたら、たまたまイスを蹴っちまった」




 バラガスは、ニヤリと笑いながらそんなことを言ってきた。


 その表情に、反省の色はまったく見えない。




「ふ~ん、たまたまねぇ」


「そ。たまたま」




 怪しいが、本人がそう言うなら、そうと納得するしかない。


 俺は、「気をつけて」とだけ言って起き上がった。


 こうして、の事故は収束を見せ、歩いて行ってしまったバラガスだったが――事件はそれえだけに留まらなかった。




 休み時間も終わりに差し掛かる頃、バラガスがサリィの机の上に置いてあったインク瓶にぶつかって落としたのだ。


 羽ペンを浸していたインク瓶は、サリィの制服の上に落ち、サリィの制服が真っ黒に汚れてしまう。




「なっ! なにするんですの!?」


「あー悪い悪い。よく見てなかった。わざとじゃないんだ」




 立ち上がって怒るサリィに対し、ここでもニヤニヤとした表情で答えるバラガス。


 これは――




「どう見ても、わざとですね」




 俺の隣に座っていたフランが、俺よりも早くそう答えた。




「お前もそう思う?」


「はい。リクスくんの時といい今といい、明らかに故意です」


「だよね。ただ……それを証明する手立てがない」


「はい。私達を狙った犯行……あの手紙の差出人であることは十中八九間違い無いと思いますが、しらを切られたらそれまでです」




 フランは、本当なら今にも怒り出したいだろう気持ちを抑えて、冷静に分析している。


 そう。あくまでバラガスは「わざとじゃない、たまたまだ」と言っているんだ。


 試験本番で俺達を退学にするための仕掛けを施してくるのだから、100%故意と断定できる嫌がらせはしてこない。




 あくまで「たまたま」と言い張れるラインを作っているのだ。


 下手にこちらが仕返しをすれば、それこそ向こうが学校側に報告し、俺達の側が停学などの措置を受けてしまう可能性もある。


 つまり、断定できていない以上


 俺達を狙うヤツらを見つけ出し、明確な証拠――言質を取る必要がある。


 



 ならば――俺達を狙っているターゲットを絞るのに最適なのは。




「俺達を狙う人間全員を、強制的にあぶり出すには、が不可欠か」


「はい。私もそう思います」




 俺達は意味深に言って、頷き合った。

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