第115話 ”時間加速(タイム・アクセル)”

「――”斬、音より速く“――」




 開始と同時にシエンが動いた。


 右手に携えた魔剣を振るった瞬間、漆黒の斬撃が飛んだ。




「っ!」




 俺は咄嗟に“身体強化ブースト”で強化した脚力で真横に飛ぶ。


 刹那、少し前俺のいた場所を斬撃が通り過ぎた。


 飛翔する斬撃は、俺の頬を掠めて横切っていく。




 その速度は音速を優に声、遅れて駆け巡る衝撃波が、俺を叩いた。


 俺は空中で身を捻りつつ勢いを殺して着地する。




「あっぶね」




 俺はすぐに体勢を立て直し、シエンへ左手を向けた。


 起動する魔法は“トライアングル・ファイア”。




 魔剣 《傲慢魔剣ルシファー》を見ていてなんとなくわかったことだが、あの権能を前に威力など意味を成さない。


 


 地獄を焼き尽くす業火がそよ風に掻き消され、万物を凍らせる死の冷気すら、ろうそくの炎によって真夏の大気になる。


 そういう権能なのだ。




 だから、まずは速度で攻める!


 俺の手から無詠唱で放たれた三つの火球が、シエンへと襲いかかる。


 だがシエンは、バックステップしながら矢継ぎ早に唱える。




「――“炎、我より温く”――!」




 ギリギリで対応したルール改変によって、炎は彼女に何の通用も与えぬものに成り下がる。


 肌に当たる火球を無視しながら、シエンは意趣返しとばかり左手を振るった。




 その手に携えられた純白の聖剣 《光天使剣ウリエル》が、煌々と輝きを放つ。


 振るわれた剣先から三条の光線が解き放たれる。




「っ!!」




 音速の攻撃の次は光速ときたか。


 俺はほぼ無意識に、今までつかって来なかった権能を使用する。




「“時間加速タイム・アクセル”!」




 それは、等級で言えば超級に匹敵する魔法。


 一時的に自分に流れる時間を加速させる無属性魔法。


 自分の反射神経では対応しきれない攻撃に対応するための技だが、欠点としては時間の帳尻を合わせるために加速させた時間の分だけ、後に相手に同じ分の時間加速を与えることになるのだ。




 例えば、5秒加速したら、そのあとは五秒俺の時間が減速する、といった具合に。


 使い勝手が悪いが、相手が光の速度で攻撃するのなら、避けるにはこれが最善。


 直感だが、“俺之世界オンリーワールド”で防ぎきれる自信がなかった。




 時間の楔から解き放たれた俺は、モノクロに色褪せた世界で躍動する。


 光の速度が認識できるほどに引き延ばした時間の中、俺は三つの光線を避けた。


 


 全てを避けきった俺は、加速した時間の中で魔法を起動する。


 ただし、一つではない。


 四つ全てが上級魔法だ。




 しかも、火・水・土・風、その四元素全ての魔法を同時に起動した。


 


 相手は一つの事象のルール改変にしか対応できない。


 《聖剣》で吹き飛ばされる可能性は、先の戦いで確認済み。




 だが、今回の一撃はサリィ達の放ったものよりも大きく、しかも相手は時間に縛られ動きは緩慢。


 対応するのは至難の業だろう。




「これで!!」




 “フレア・カノン”の赤き極光が。


 “ブリザード・コフィン”の白き凍結の嵐が。


 “ペネトレイト・テンペスト”の刃の繚乱が。


 “ガイア・ウェーブ”の土の大波が。




 ありとあらゆる破壊が色褪せた世界の中で眩く輝く。


 時間に干渉する魔法と上級魔法を惜しげも無く重ねがけしているせいで、魔力がぐんぐん減っていく。




 一応、魔力量には多少自信があるのだが、大魔法の大盤振る舞いなのだから仕方ない。


が、ここは畳みかけるが吉だ。




 万が一にも、これで相手に勝ち目はない。


 というか、これで対応されるようなら最早バケモノと認めざるを得ない。




「行け!!」




 俺は精一杯の魔力を注ぎ込んで、シエンへとけしかける。


 4色の暴力は互いに食い潰しあいながら、エネルギーの塊となって、並大抵のことでは壊れないステージを崩壊させながらシエンへと差し迫る。




 そして――俺は、結果に目を剥くこととなる。


 有り得ないことが、起こった。

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