第114話 決勝戦開幕

《リクス視点》




「う~ん。むにゃむにゃ……どへっ!」




 寝返りを打った瞬間にソファから転げ落ちた。


 お腹がいっぱいになったら眠くなるのが、世の摂理。


 当然俺もその摂理に則って、時間が来るまで控え室で仮眠をとっていたのだが……




「いでで……まったく。寝返りを打った瞬間に落ちるとは。ついてないよ」




 俺は独り愚痴りながら、よろよろと起き上がる。


 だが、結果的にはよかったのかもしれない。


 起き上がった俺は、ふと壁に掛けてある時計を流し見た。




 そこに示されていた時間は、午後2時02分。


 午後の決勝戦の開始時刻は――午後2時00分。




「…………」




 俺は、その結果を唖然と見つめていた。


 人は遅刻が確定したとき、二種類の反応を見せる。




「あぁあ!?」と叫ぶか、現実が受け入れられなくて固まるか、である。


 どうやら俺は後者だったらしい……って、そんなことは今どうでもいい!!




「やっっっべ!」




 我に返った俺は、無造作に立てかけてあった剣をひっつかみ控え室を飛び出した。




「まったく! なんて気の利かない運営だ! 出場選手に出場時間が近づいたことを知らせるアナウンスも流さないなんて!!」




 自分の失敗を棚に上げ、思いっきり責任転嫁する俺。


 しかし、焦る俺は忘れていた。


 仮眠をとる前、定期アナウンスやステージを映し出す映像魔法から流れてくる音声がウルサイという理由で、全ての音量をOFFにしていたことを。




「うぉおおおおおお!! 遅刻遅刻ぅうううううう!!」




 パンを咥えていたなら、そのまま可愛い女の子に激突。そして恋が芽生え――などというベタなテンプレを突っ走りそうなものだが、生憎今の俺は魔力を全解放した全力疾走状態だ。




 曲がり角で可愛い女の子が出てきたら衝突事故待ったなしである。




「うぉおおおおおおおお!! 間に合えぇええええええ!!」




 俺は、通路の先にある光へ向かって一直線に走る。


 その先から、司会のお姉さんの声が聞こえた。




「えー……対戦相手が現れませんので、決勝戦はシエン=マスカーク選手の不戦勝ということで――」


「ちょぉっと待ったぁあああああああああああ!!」




 俺はギリギリでステージに滑り込んだ。


 そのまま急制動をかけ、靴底で地面をすり減らし、土埃と摩擦を上げながら停止する。




「ぜぇ、ぜぇ! す、すいません!」




 呆気にとられる司会者や観客達に向けて、俺は最強の切り札を切る。


 遅刻したときの言い訳に使う台詞ランキング1位の、あの台詞を!




「トイレ、籠もってました! もちろん、“大”の方です!!」




 “大”と言うことで、腹痛を強調する。


 そうすることで、まあ大抵のことはなんとかなるのだ。




「は、はぁ……」




 司会者の女性は目を白黒させていたが、やがてコホンと一つ咳払いをして。




「えぇ~、とりあえず対戦相手の方が現れたので、試合開始となります!」




 観客席が、熱狂で沸いた。


 聞き耳を立てていると、さっきまで俺が現れなかったことでブーイングが起きていたらしい。その反動で、良い感じに盛り上がっているようだった。




「さて。待たせて悪いね」




 俺は、対戦相手のシエンを見る。




「うん、ほんとに。じゃないと、いろいろ困るところだった」




 シエンは、無表情のまま告げる。


 だが、その裏にははっきりと安堵が見えて……俺は内心困惑した。




 彼女の目的は、賞金だと知っている。


 不戦勝でも賞金は手に入るし、別にその方が有り難いんじゃね?


 戦って勝ち取らなきゃ納得できないとかいうタイプの人間でも無さそうだし……どういうことだ?




 少し違和感があるが、まあいっかと割り切る。


 難しいこと考えても仕方ない。




「それでは……決勝戦! 開始です!」




 抜けるような青空の下。


 遂に、決勝戦が幕を開けた。


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