第113話 大会にかける願い

《三人称視点》




 本気で彼女の些細な夢を後押ししてくれたのは、彼女の両親だった。


 魔法剣士の学校などではなく、平凡な普通の学校に入学したいという願いを、二つ返事で受け入れてくれたのも両親だった。




 しかし、普通の人生を生きたくても、その途方もない力は枷となる。


 神にも等しい力を隠し通せるはずもなく、すぐに露見するのだが、そのときの周りの反応を、シエンは今でも覚えている。




 普通に友達として受け入れられ始めていた矢先の、友人達からの対応の変化。


 羨望、憧憬、畏怖、そして嫉妬の眼差しが、同級生から向けられるものだった。




 自分の理解できない者、遙かにすぐれた者に対する意見は、大抵二つに分かれる。


 その絶大な能力に憧れ、尊敬の対象として祭り上げられるか。


 逆に、理解できない力に怯え、嫉妬し、関わりを断とうとする者か。




 普通の生活を送りたいというのは、贅沢な願いなのかもしれない。


 それでも、彼女はこんな歪な立場を求めたわけじゃなかった。


 だから、彼女はずっとひとりぼっちに感じていた。




 そして――二年が過ぎようとするころ、彼女は諦めたのだ。


 その間、治療しようと努めたし、普通に学友を作ろうとしたけど作れなかった。


 だから彼女は悟ってしまった。




 自分の願いは、もう叶わないんだと。


 それが、彼女の魂が削られるにつれ、感情が色褪せていったがゆえの諦めだったのかもしれない。




 その次期に、彼女の担任からある話が届く。


 国随一の魔法剣士の学校、ワードワイド公立英雄学園への編入推薦の話を出されたとき、彼女はそれに従った。


 両親は、「それでいいの?」と最後まで心配してくれたが、彼女はもうどこにも望む未来がないとわかりきっていた。




 学費なんて払えないのに無理してまで普通の学校に通わせてくれた両親を、これ以上振り回すわけにはいかない。


 望む場所でなくとも、編入先では特待生という扱いになるから、授業料が免除されるのだ。


 


 もう、彼女の叶う筈のない夢に両親を付き合わせるわけにはいかない。


 


 そう判断し、彼女はワードワイド公国の最難関魔法剣士学園に推薦入学を果たしたのである。




――。




「本当は、この大会に出る気なんてなかったのに」




 昔を思いだしていたシエンは、おもむろに呟く。


 彼女は当たり前のように、この大会でもレギュラーに選ばれてしまった。


 それはもう諦めているから仕方ないとして、彼女の心を縛り付けるものがあった。




 それは、父親から言われた言葉である。




「お前の病気を治せる人が見つかった! エリスという名の、凄腕のお医者様だ!」




 そのとき、エリスという人間にも会ったのだが、底の読めない不気味な人だった。


 彼女の病状をはっきり診るために、戦いの場のデータを採取することと、高額な治療費を払う。


 この二つの条件を突きつけられ、最も継ごうが良かったこの大会が利用された、というわけだ。




 正直、胡散臭いことこの上なかった。


 だけど、シエンはそれに従った。治りたいからじゃない。もう治らないということがわかってしまった以上、根拠のない期待に縋るほど愚かじゃないのだ。




 だけど、父も母も違った。


 シエンのために、まだ諦めてはいなかったのだ。自身の幸せを削り、シエンの笑顔を取り戻そうと躍起になっている。


 それが、シエンにとって何よりも辛いことだった。


 


 だから、シエンは両親の狂気に満ちた優しさに絶望してしまった。


 でも、彼等の希望を僅かでも繋いでいたい。それが、自分にできる最上の恩返しだと思うから。




 故に彼女は、治療なんてできるはずがないと知りながら、大好きな両親の希望を紡ぐためだけに、治療費を得るため大嫌いな戦いの場に出ることを誓ったのだ。




「――何が、“傲慢”の魔剣! 思いのままにルールを歪める力、だ! 僕の願いも、両親の幸せも、作ることができないくせに!!」




 シエンは、唇を噛む。


 そのとき、試合開始十分前を知らせるブザーが鳴った。




「行かなきゃ」




 シエンは立ち上がり、歩き始めた。

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