第27話 敵対者との邂逅

  王都の街は活気に溢れ、多くの人が行き交っている。




「――それでね、私と兄さんは治癒魔法使いになるために、この学校に入学したんです。って、サリィさん!? なんで泣いてるんですか!?」


「うぅ……素晴らしい志ですわ。きっと、亡くなったご両親も天国で見守ってくれていることでしょう。是非、頑張ってくださいまし」



 前を行く二人は、未だ仲良く会話を続けている。


 どうやらフランは、英雄学校に入学した経緯をサリィさんに話して聞かせていたようだ。


 確か、病気を治せるだけのお金も術もなく、天国へと旅立っていった両親と同じ境遇にあう人を助けるために、頑張ってるんだっけか。




 いつ聞いても親孝行というか、素晴らしい心意気だ。


 サリィも感動しているみたいだし。




『ほんと、ご主人様とは正反対だよね』


「黙れ」




 いきなり念話で貶してくるマクラに言い返す。




「いきなりどうしたの、リクス?」




 不思議そうに首を傾げるサルムに「いや、独り言だから気にしないで!」と慌てて弁明した。


 端から見れば俺は、独り言で「黙れ」とか殺伐とした台詞を言い出す人間になるのか。う~ん、これはドン引きされそうだ。




 そんなことを考えながら、俺達の散策は続いた。


 次々とお店を渡り歩く女子二人に振り回される俺達。


 両手に持つ袋がどんどん増えていき――いろんな意味で俺はげんなりしていた。




 そして――永遠とも思える数時間が過ぎる。


 辺りは夕暮れになりつつあり、街頭の明かりが一斉に点灯した。


 夕食時だからだろうか? 飲食店も建ち並ぶ繁華街は、人通りもさっきよりも多くなっていた。


 


「あら、もうこんな時間ですの? 楽しいことをしているとあっという間ですわね」




 サリィは、遠くの時計台を見やる。


 てっぺんに据えられた時計は、午後五時を指していた。




「本当にそうですね。時の流れは速いです」




 フランもうんうんと頷いて見せる。




「なあ、サルム。あっという間だったか?」


「ううん。体感10時間くらい、かな」


「だよね」




 ただただパシリにされただけの俺とサルムは、疲れ切ってしまい、肩を落としてそんなことを言い合っているのだった。




「そろそろ、ご飯食べに行きましょう。私、行きつけのお店を予約しているんです」


「本当ですの? 恥ずかしながらワタクシ、普段からお屋敷で出る食事しか食べたことがありませんわ。非常に楽しみですわ」


「あー。貴族だと、気軽にレストランに入るわけにも、いきませんもんね」




 目を輝かせるサリィに、フランはそう返す。


 どうやら今日はサリィの祝勝会も兼ねているらしく、フランが主導で進行しているようだ。


 お店を予約していたのも、その一貫だろう。


 


 気が利く子だなぁ。将来婿になるヤツが羨ましい。


 そんなことを考えていた、そのときだった。




「……ん?」




 俺はふと、視線を感じる。


 この間、教師棟から感じたものと似た、敵意を孕んだ視線を。その雰囲気的に、どうやら以前とは別人のようだが。




「リクスさん、どうかしましたの?」


「いや、なんか誰かに見張られているような気がしたんだ」


「それなら、お父様の手の者かもしれませんわ。今日の散策に伴い、気付かれない程度に警護して貰っておりますもの」




 なるほど。


 サリィは伯爵家のご令嬢だからな。護衛を付けるのは当然だろう。


 だが、これはその視線ではない。彼女の護衛が常に付けてきていたことは、ずっと前から気付いている。




「そうだといいんだけど……悪い。先にみんなでお店に行っていてくれ。後で追いかける」


「わかりました。くれぐれも、気をつけてくださいね。……お店は、奥の路地を入ってすぐですから」




 フランは、少し心配そうに眉をひそめつつ、行き先の路地を指し示した。




「ああ、たぶん杞憂だと思うし、すぐに合流するよ」




 そう言って、俺は視線を感じた先――レストランと雑貨屋らしきお店の間にある細い路地へと入っていった。




――。




 狭い路地は、不気味なほど静まりかえっていて、おまけに暗かった。


 すでに夜が近づいているとは言え、太陽はまだ地平線の上に座っている。


 ただ、両側を建物の壁で挟まれたこの場所に、直接費の光は届かない。


 だから、ここまで薄暗いんだろうが――




「姿は消している、か」




 俺は喧噪から切り離された場所を、靴音を鳴らしながら奥へ奥へと進んでいく。


 俺を監視していたらしい視線を今は感じない。


 おまけに、進行方向には人の姿など影も形もない。




 が、それは見えないだけだ。


 確かに、誰かが潜んでいる気配はする。




「上手く隠れてるつもりかもしれないけど、認識阻害が甘いんじゃないかな?」




 俺は忠告するように、そう言い放った。


 俺の声が、狭い路地に反響する。だが、そいつは姿を見せない。


 たぶん、俺がハッタリを言っていると思ったんだろう。


 こんな稚拙な隠形おんぎょうが、バレないとか本気で思ってるのだろうか。




 俺は小さくため息をつくと、“ファイア・ボール”と唱えた。


 瞬間、小さな火の玉が生まれて、俺の視線の先――放棄されていた、錆びて歪んだ扉の陰に直撃する。




 その瞬間。




「ぎゃぁああああああ!? あちぃいいいいいいいっ!!」




 陰が伸びたかと思うと、見かけ上は何も無いその場所から、黒いローブを羽織った男が、全身火達磨になって飛び出した。

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