第28話 襲撃者の標的は。

 飛び出した男は、燃えあがるローブをバタバタと仰ぎながら、必死で火を消し止めようとしている。


 やっとの思いで火を消し止めると、俺に喰ってかかった。




「テメェ、なにしやがる。いや……どうして俺が隠れているとわかった!? 俺の隠形は完璧だったはずだ!!」


「は?」




 こいつ、何言ってんの?




「いや、呼吸してるんだからわかるに決まってるだろ?」


「は? 呼吸?」


「微かな息づかいと、その結果僅かに乱れる周囲の気流。それだけヒントがあれば、見破れるに決まってるだろ。認識阻害魔法を使うときに呼吸をするバカがどこにいるんだよ」


「は? いや……え?」




 男は、ぽかんと口を開けたまま俺の方を見ていた。




「呼吸をしないって……隠密以前に、人間、呼吸をしなきゃ生きていけないだろうが。お前、一体何を言ってるんだ?」




 男は、「意味がわからない」とでも言うように声を震わせながら聞いてきた。




「呼吸をしなくても酸素さえ取り込めれば問題ないよ。現に、そういう効果のある無属性の認識阻害魔法があるでしょ?」


「いや。いやいやいやいや、そんな無茶苦茶な魔法、聞いたこともねぇよ!!」


 


 男は、否定の言葉を連呼しながら吠えた。


 おかしいな。俺が使う認識阻害魔法の“留守之番人イレース・ガード”は、呼吸しなくても勝手に身体が酸素を取り込んで、勝手に二酸化炭素を排出してくれるんだけど。もちろん、僅かな空気の揺らぎも音もなく。




 俺は気付いてもいなかったが、これは既に固有魔法の域まで到達している伝説級の魔法。


 そんなふざけた能力を、相手が知っているはずもなかった。




「ちっ、調子狂うぜ。こんなふざけたホラ吹き小僧に見つかるとは……お前は大人しく、!」


「あっち?」




 どういう意味だ?


 そう聞き返す前に、男が動く。


 勢いよく地面を蹴り、一足飛びに距離を詰めてくる。


 その手には小さなナイフが握られていて――




 俺は軽いステップで、鋭い突きを躱す。


 突きの速度は悪くない。


 ちょっと強い、街の悪党って感じかな。あえて呼ぶならスーパー・チンピラさんってとこかな。


 だが――ちょっと腕が立つだけだ。




「んなっ!?」




 会心の攻撃を躱された男は、空中で伸びきった姿勢で無防備な姿を晒しながら、驚愕に目を見開いた。


 まるで、避けられるとは思っていなかったかのごとく。




「くっ!」




 男は腕を引き、俺の避けた方向にナイフを切り返そうとする――が。




「ちょっと遅いかな」




 攻撃が来る前に、俺は相手の鳩尾に拳を叩き込む。




「かはっ――ば、ばかな……」




 自分が負けるとは思っていなかったかのように目を見開いたあと、男は白目を剥いて頽れた。


 男の手からこぼれたナイフが、乾いた音を立てて地面に転がる。




「……んで、なんなんだコイツ」




 俺は、倒れ伏すスーパー・チンピラさんを見下ろす。


 随分と可笑しな服装をしているな。なんかの怪しげなカルト団体か、そんなところだろうか?




 いやでも、明らかにコイツから敵意に近い視線を感じていたし――計画的なものと考えた方が自然だ。


 それに、数日前にも似たような気配を感じた。




 何者かが、俺と――その周囲を狙っているようだ。


 何気なく、男の着用するローブの胸元に視線を落とすと、赤黒いバラの中心に黄金の剣が突き刺さった紋章が刺繍されているのがわかった。




「随分派手な紋章だな。ただのファッションか、組織のエンブレムか……まあ、なんでもいいや」




 俺は踵を返して、元来た道を戻る。


 この程度の不審者に負けるようなものでもないけど、一応友達も伯爵家のお嬢さまもいるしな。


 注意を促しとくべきだろう。




 そんなことを考えながら、繁華街に出て――俺は唖然とした。


 つい先刻まで人でごった返していたのに、今は人っ子1人いない。神隠しに遭ったかのように、閑古鳥が鳴いている。




 これは一体……


 俺は、周囲への警戒を強める。そして、すぐに何が起きたのかを理解した。




「周囲で薄い魔力が波打ってる。これは……人払いの結界魔法か」




 いつの間にか、この辺り一帯が、人を寄せ付けない結界魔法で覆われていたようだ。


 そして――人払いの魔法は、大体周りに悪行を見せないために使用されることが多い。




 俺がその魔法に反応し、無意識の内に結界の外へ追い出されなかったということは、襲撃者の標的が俺であることを悟らせる。




 これだけ大規模の人払いの結界ということは、襲撃者がさっきの男だけということは有り得ないだろう。知らないうちに大規模な作戦が行われているのだ。


 そして同時に――標的としている人間が、俺だけでない可能性も高まった。


 「」というさっきの男の言葉が、脳内でリフレインする。




 と、次の瞬間。




 ズゥウウンという地響きが聞こえ、奥の方から土煙が上がった。


 悪い予感だけは的中するものだ。


 その方向は、フラン達が先に向かった場所だった。




「ちっ、ビンゴかよ!」




 頼むから無事でいてくれよ。


 俺ははやる気持ちのままに、音のした方へと全速力で駆け出した。


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