第29話 バルダの急襲
《三人称視点》
路地に入っていったリクスと別れ、フランは別の路地へと入った。
その先には、繁華街と並列する大きな街道がある。
時刻も夕食時。本来であれば多くの人が行き交う時間帯だが、街道に出た3人を待ち受けていたのは閑散とした通りだった。
いや、厳密に言えば人の姿をいくつか確認した。
しかし、それもすぐに見えなくなる。
まるで、今までこの場所を往来していた人達が、見えない何かに引っ張られるかのように、この一帯から去って行く様子だけが、3人の目に映った。
必然。
「どうしたんだろう」
「不気味、ですわね」
サルムの疑問に、サリィが首肯する。
この状況は、明らかに異質だ。
人為的な魔力の錯綜を感じる。
「何かただならぬことが起きていますわ。皆さん、くれぐれも気をつけて――」
「ようやく鬱憤を晴らせそうだな」
サリィが、後ろの2人に中を促していると、それを遮るように、誰かの声が聞こえてきた。
その声に反応した3人の視線は、必然、声のした方へと向けられる。
その人物は、右斜め前の三階建ての宿屋の上に立っていた。
フラン達と同じ、ラマンダルス王立英雄学校の制服に身を包んだ、筋肉質な身体を持つ少年だ。
短く尖った黒髪と、不良のような目つきが特徴的なその男は――バルダだった。
「あなたは確か、同じクラスの方でしたわね。この不自然な人払いの結界は、あなたが仕組んだと見てよろしいかしら?」
「ああ、そうだぜ。つーかよ、リクスが見当たらねぇが……一緒じゃなかったのか?」
バルダは、しでかしたことをあっさりと認めた。
しかも、リクスが直前まで一緒にいたことを指摘している辺り、明らかにフラン達を監視していたと自白したことになる。
「リクスさんは、何か不可解な視線を感じると言って、正体を確かめに行きましたわ」
「ちっ、てことはウチの誰かがしくじったってことだな。使えねぇ奴等だぜ。一網打尽に潰す計画が早くも狂いやがった」
バルダは忌々しげに吐き捨てる。
その言葉に、サリィは眉をひそめる。
「まあ、いいか。どのみち両方潰せば問題ねぇし」
「さっきから一体何を言っているんですの?」
サリィの疑惑が、頂点に達する。
潰すという下品な言葉、人払いの結界を張るという大がかりな作業。
それらの状況が示すことがわからないほど、彼女は察しが悪くない。
けれど――まさかこの場で襲いかかってくるような愚か者ではないと考えていた。
が――その期待は、一瞬にして砕け散ることとなる。
「とりあえず、俺をバカにしてきたヤツから潰すか……な!」
バルダは“
忽ち崩れる屋根。
バルダの身体が弾丸のような速度でカッ飛び、サリィめがけて襲いかかる。
その手には、魔力の通った剣が握られていて――
「なっ!」
サリィは咄嗟に後方へ飛び、間一髪それを躱した。
次の瞬間、剣先が派手な音を立てて地面を穿ち、土埃が盛大に巻き上がる。
「あ、あなた! 正気ですの!?」
「クックック。ああ、もちろんだ」
まさかと思う攻撃に、目を剥くサリィ。
土埃を左手で払ったバルダは、血走った目を彼女へ向ける。
「知らないとは言わせねぇぞ。お前が俺になんて言ったか。「チンピラもどき」だの、「あの程度の輩」だの、散々好き放題言ってくれた礼は返さなねぇとな」
そう言って、バルダは右手に持った剣の切っ先をサリィへ向ける。
この瞬間、バルダの狙いは自分と、リクスの2人であると、サリィは確信する。
けれど、たかが鬱憤を晴らすためにこんなことをしているとしたら、あまりにリスクをかけ過ぎていると、聡明なサリィは気付いていた。
その明確なリスクを知っているからこそ、バルダが攻撃を躊躇しないことに心底驚いていたのだ。
「ば、バルダくん! サリィちゃんを襲うなんて、一体何を考えているの?」
フランが、反射的に腰に佩いた剣に手を掛ける。
いきなり友人に斬りかかるようなクラスメイトに、怒りを露わにしていたが故の、無意識の行動だった。
――が。
「剣を抜いてはいけませんわ!」
サリィが、焦ったようにそう忠告した。
「! ど、どうしてですか」
「・どんな事情があれ、学校敷地外において許可無く抜刀、及び攻撃魔法の使用は適正な資格がある場合を除き禁止とする。本校の校則ですわ」
サリィが淡々と説明した。
そう。それこそが、サリィが攻撃など受けないと思っていた理由。
ラマンダルス王立英雄学校では、表向きではあるが、正当防衛などのいかなる場合でも、学校外で剣と魔法による加害は固く禁じている。できるとすれば、騎士団など正式に学外での魔法・剣の使用が認可される資格を持っている人だけだ。
何も資格を持っていないフラン達がそれを犯して、もし漏洩すれば、即刻退学だ。
そしてそれはバルダにも同じように言えること。
人払いの結界を張っても、建物の中にまだ住人が居て目撃している場合もあるし、防犯用に映像記録魔法を付与した水晶を置いている店もある。
ここにいる目撃者の証言を封じることも難しい。
試験において致命傷でない攻撃は容認されるというエグいシステムがあろうと、学校側は己の管轄外の事象には手を出せない。それ故の、厳しい措置だった。もっとも、そのルールの根幹には《神命の理》も関わっているのだが……それはまた別の話だ。
「ま、マジかよ……」
それを聞いた途端、バルダは震え上がった。
その様子を見て、サリィは呆れてため息をつく。
「まさか、校則を知らなかったなんて。こんなバカ初めて見ましたわ」
「い、いや。知るわけねぇだろ! 攻撃したら退学だなんて……! わ、悪かった。個人的な恨みで襲いかかったりして。だからさ、このことはどうか学校には言わないでくれ!」
真っ青になって震えるバルダが、サリィの方へ近寄って懇願する。
サリィは緊張を解き、バルダの弁明に耳を傾けた。
「仕方ありませんわね。今回のことは、少々おいたが過ぎたということで――」
「なんてな」
「え……?」
サリィの視界の端で、バルダがニヤリと凍えるような笑みを浮かべる。
その真意を確かめるまでもなく、背中にまで突き抜ける衝撃がサリィの腹部に弾けた。
身体強化の魔法で強化されたバルダの拳が、ノーガードのサリィの華奢な身体に突き刺さっていた。
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