第30話 絶望と希望

《三人称視点》




「かは――っ!」




 腹を突き抜ける痛みに、サリィの意識が飛びかける。


 不意打ちとなる形で、彼女はバルダから重い一撃を受けたのだ。


 唯一幸いなことは、拳が胴体を突き抜けるといった致命傷になっていないことだろう。




 が、それでも今の一撃は重く、内臓が何のダメージを負っていないとは言い切れないレベルのものであった。




「なに、を……」




 痛みからその場に蹲るサリィ。


 その目は、激しい動揺に揺れていた。


 


「なるほど。俺が退学になる、ね。クッ、クッハハハハ」




 不意にバルダが可笑しそうに喉を鳴らして低く嗤った。




「そう、ですわ。こんなことをすればあなたは退学に――」


「それを俺が知らないとでも思ってたのかよ」


「っ!?」




 サリィの首を、不意にバルダが掴む。


 そのまま強い力で近くの建物の壁に、彼女の華奢な身体をたたき付けた。


 


「くっ……!」




 首を絞められる形で壁に押しつけられたサリィは、苦悶の表情を上げる。




「サリィさん!」


「彼女を離せ!」




 最早、退学条件どうこうと言っている暇は無い。


 友人の命が危ないと察したフランとサルムは、それぞれ剣と魔杖まじょうを取り出し、バルダへと肉薄する。




「ピーピーうるせぇな。雑魚は引っ込んでろよ……“ウィンド・ブロウ”」




 バルダは、2人の方を一瞥すると、風属性の初級魔法を放った。


 強い風が2人の足下を絡め取り、寄せ付けない。




「初級魔法なんて……効かない!」




 吹き荒れる風の中をフラン達は、進もうとする。


 威力の低い初級魔法では、それこそ至近距離でぶち当てでもしない限り、一撃でノックアウトすることは難しい。




 それがわかっていたから、2人は逆風の中を突き進む。


 けれど、元々“ウィンド・ブロウ”で2人を黙らせることができるなどと、バルダは端から考えていない。


 この“ウィンド・ブロウ”は、あくまで足止め――本命の時間稼ぎだ。




土魔どまよ、大地の呪縛にて束縛せよ――“ガイア・バインド”」




 バルダが紡ぐ呪文は、中級土属性魔法。


 地面がうねるように動き、瞬く間に土か2人の手足を絡め取る。




「こ、これって――!」


「くっ!」




 風で足止めされていた2人は反応が遅れ、たちまち身動きを封じられてしまう。


 そのまま、下方に引っ張られるようにして2人は地面に縫い付けられた。




「へっ。所詮雑魚のテメェ等には、地面で這いつくばってる姿がお似合いだぜ」




 バルダは、2人を見下したように言う。


 フランの方は剣術もそれなりにできるとはいえ、元は2人とも治癒魔法使い志望。戦闘はお世辞にも得意では無い。




 こうなってしまうのは、ある程度仕方ない面もあるのだが――今、苦しめられている友人を目の前にして、何もできないことがもどかしくてしかたなかった。




「フランさん達を、離してくださいまし――!」


「悪いがそれは聞けない相談だな。放っておけばお前を助けに来る。徹底的にお前を壊したい俺としては、目障りなんだよ。つーか、他人より自分を心配したらどうだ?」




 舐め回すようにサリィの身体を見ていたバルダは、彼女の制服に手を掛け、ボタンを外していく。


 壊す、という言葉の意味と行動がわからないほど、彼女は子どもではない。


 


「や、やめて!」




 身の危険を感じたサリィは、力を振り絞る。


 首を絞められ、身動きを封じられた中で、できる限りの抵抗を試みる。


 こうまでしている以上、バルダが復讐して鬱憤を晴らすことに、退学すら辞さない覚悟だということは火を見るよりも明らかだった。




 が――サリィの手が腰に佩いたレイピアに届く寸前、バルダの足が伸びる。


 その足はレイピアを明後日の方向へ蹴り飛ばした。




「つまんねぇこと考えてんじゃねぇよ……」




 どこか愉悦の表情を浮かべていたバルダの目が、狂気に染まる。


 バルダの「壊す」という表現には、元々物理的な破壊そのままの意味合いが強かった。彼にとっての復讐は、サリィの精神こころ肉体からだを破壊すること。


 彼女の方が格上だったから、場合によっては力増幅パワーライズの魔法薬を使う予定だったが、今となっては必要ない。




 底知れない悪意に当てられたサリィの口に、もう片方の手が強く当てられる。


 呼吸と言葉を封じた今、彼女は魔法を使うことができなくなった。詠唱のいらない初級魔法さえ、呼吸も集中もままならない状態で発動させるのは不可能であった。


 そもそも、最初に不意打ちで受けたダメージも相当大きい。




 こうして意識を保っているのが奇跡みたいなものだ。




(だ、誰か……)




 酸欠とダメージで意識が朦朧とする中、ぼんやりとした頭でサリィは考える。




(誰か、助けて)




 人払いの結界で、この場には助けてくれそうな人物はいない。


 友人2人も身動きができない状況だ。唯一可能性があるとすれば、今この場にいないリクスくらいなものか。




 いや、リクスはダメだ。


 バルダにギリギリ勝つようでは、苦戦は免れない。現に、不意を突かれたとはいえ格上であるはずの私が、無様に負けてしまった。


 彼が救ってくれるという保証はない。それでも――




(リクス、さん……)




 サリィは、無意識に期待してしまった。


 この絶望的な状況を、勇者の弟である彼がひっくり返してくれるんじゃないかと。


 ふと、サリィの目から涙の筋が流れる。




「へ、泣いてるのか?」




 それに気付いたバルダが、下卑た笑みを浮かべた。




「悔しいんだろうが、俺がお前から受けた屈辱はこんなものじゃない。まだまだ痛めつけて、土下座するまでテメェを壊して――」




 バルダが饒舌に語っていた、そのときだった。


 サリィの視界の端に、拳が映る。残像すら見える速度でどこからともなく放たれたそれは、バルダの右頬に深く突き刺さり――




「げぼはぁあああああああ!?」




 バルダの身体はきりもみ回転しながら飛んでいき――遠くの建物の外壁に勢いよくたたき付けられた。


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