第152話 メイドの悪ふざけ

 コーチ馬車で進むことおよそ15分。


 馬車は王都の北側にある小さな橋にさしかかった。




 今から赴く貴族街と通常の街を隔てているのは、人工的に作った運河だ。


 ただ、運河と言っても近くを流れる川から水を引いて、用水路のように使用している小さなものだ。




 たまに小舟が上流から下流へ移動しているだけで、川幅も狭く水深も浅い。


 貴族街に不審者が侵入するのを防ぐための堀と言った方がただしいだろうか?




 そんな運河にかけられた跳ね橋を渡った俺達は、貴族街に突入した。


 王都の街も見ほれるような建物ばかりだったが、流石に貴族街はそれ以上だ。


 下級貴族ですら見栄を張る必要があるからか、どの建物も装飾を豪華にしたり、外から見える位置に噴水を置いたりしている。


 中には、道沿いの植え込み委バラを置いている屋敷もあった。




 そんな貴族街を進むことさらに5分。


 俺達は、一際大きい建物の前についた。


 大きな塀に、立派な門の隙間から見える庭の緑が眩しい。


 建物は相当大きいのだろうが、門から屋敷までの距離が遠いからだろう。遠近法で少し小さく見える。




「お帰りなさいませ、お嬢さま」




 門の前には門番と執事と思われる人が立っていて、俺達を出迎えてくれた。




「ご苦労様ですわ」




 そう言って、馬車から降りたサリィは俺達の方を振り返り「ようこそ、我が家へ」と微笑んだ。




 ――屋敷へと続く庭の道を歩く。


 アーチ状にカットされた草花の門や、艶のある大理石で作られた小さめの噴水。


 植え込みに植えられているのは、美しい白色のユリの花だ。




 それらが珍しいからか、フラン達はきょろきょろと辺りを見まわして目を輝かせている。


 姉の仕事上、貴族街に来たことのある俺は(※嫌がる俺を姉が無理矢理連れて行ったという方が正しいが)、こういう景色にも慣れっこだ。


 ただ――




「流石だな」




 俺は、思わずそう呟いていた。




「ふふっ、ありがとうございますわ」




 俺の独り言を聞いていたサリィが、嬉しそうに微笑んだ。


 俺が褒めたのは、景観についてだ。


 下級貴族の屋敷は少しでも見栄を張りたいがために、赤やピンクのバラをこれでもかと庭に植えたり、外の道から見える部分をケバケバしく飾ったりする。




 しかし、どれだけ飾ったところで、教養がなければ美しい景観はできないし、お金持ちに見せようと躍起になればその余裕のなさが現れてくる。




 その点、流石は上級貴族の伯爵家だ。


 庭は清涼感のある花の香りで包まれ、噴水も景色の中に溶け込むように配置している。


 草木の手入れも隅々まで行き届いているようだった。




――。




「ようこそお越しくださいました、ご学友の皆々様」


 


 エントランスに入ると、1人のメイドが出迎えた。


 黒髪ボブカットの、20代前半と思われる女性だった。




「出迎えご苦労様、アイサ」


「お嬢様も、お帰りなさいませ」




アイサと呼ばれたメイドは、慇懃に礼をした。


 サリィは、広いエントランスを見まわした後、「そういえばお父様とお母様は?」と聞いた。




「ご主人様と奥方は、執務に忙しいとのことです。お帰りの際には挨拶できるかと思いますので」


「そう。ならいいですわ」




 サリィは小さく息を吐く。


 そんな彼女の方へ意味ありげな視線を向けていたアイサは、不意に俺とサルムを一瞥して、サリィの耳元に唇を近づけた。




「それでお嬢様。気になっているのは、どちらの殿方なんですか?」


「!?」




 急にサリィの顔が赤くなる。




「な、ななな、なにを言って……っ! そんなのい、いいい、いませんわ!!」


「あら。てっきり2人のうちのどちらかだと思ったのですが……あ、確か名前はリク――」


「わー! わぁああああああ!!」




 ニヤニヤと悪い顔で何やら言っているアイサの口を塞ぎ、大声でまくし立てるサリィ。


 何が何だかわからないけれど、相当テンパっているみたいだ。




「み、皆さん! 今からワタクシの部屋に案内しますわ! ついてきてくださいまし!!」




 そう言うなり、耳まで真っ赤になったサリィはそそくさと奥へ歩いて行ってしまった。


 


「どうしたんでしょうか、サリィさん」


「さあ? 俺達も行くか」




 俺とフランは顔を見まわせて首を傾げ、とりあえずついて行くことにした。


 メイドのアイサだけが、まだニヤニヤと楽しそうに笑っているのだった。


 

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