第153話 信頼のカタチ

「ここがワタクシの部屋ですわ」


「「「「「おぉ……」」」」」




 入った瞬間、俺達は揃って感嘆の声を上げてしまった。


 流石は伯爵家令嬢の部屋というべきか。


 俺の部屋の実に10倍近い広さがある。その上で、装飾品は控えめながらどれも質が良く、上品なものが並んでいた。




 下手に宝石や金を散りばめていない花瓶や、美しい風景画が数点。


 燭台も渋い銀色を放つ一件地味な金属で作られているが、細かく刻まれた模様が、職人が丹精込めて作ったオーダーメイドの品であることを想起させた。


 勉強用に引っ張り出されてきたであろう長机とイスも、一級品だ。




 部屋の隅に置かれたベッドも、薄いヴェールで包まれた王侯貴族用のものだ。


 あれに飛び込んだら、どんなに夢心地だろう――と思わずよだれが垂れてきそうになるが、まさか同級生の女の子のベッドに飛び込むわけにもいかない。


 ここは我慢するしかないのだ。


 


「クッ。しかし、寝具の質ではこの俺を上回るか……流石だな、サリィ。俺も堕落上級者として見習わなければ」


「ご主人様? それはサリィさんに失礼だからやめて?」




 俺の独り言に対し、すかさずマクラが突っ込んだ。


 ちなみに、彼女は伯爵邸についた直後にペンダントから出て、十二歳くらいの少女の姿をとっている。


 今回は彼女も誘われているため、このような対応をとっているのだった。




――。




 そんなこんなで、サリィの部屋に驚かされた後、部屋の中央にセッティングされた勉強机に向かい合って試験勉強を始めた。


 午前中は座学の試験勉強。午後一時頃にお昼を食べ、その後は実技試験の試験対策をする予定になっている。




「そろそろ小休憩をとりましょうか」




 午前11時半を回った辺りで、サリィがそう提案してきた。


 俺はトイレの場所を聞いて、1人お花摘みへと向かった。




「――流石は伯爵邸。トイレも一級品だな」




 正直、便所にまで趣向を凝らさなくてもいいと思うのだが、何かしらの拘りがあるんだろう。


 もっとも、汚れる場所を高価なもので彩るられると、利用者としてちょっと気が引けるから、やめてほしいんだけど。




 そんなことを考えながらサリィの部屋に戻ろうとしたが、なんとなく足を止めてしまった。そのまま窓の外をぼんやりと眺め、おもむろに呟いた。




「どうすりゃいいかな……」




 脳裏に浮かぶのは、果たし状に書かれた内容。


 俺と、今一緒にいるかけがえのない友人を貶めることを目的としている誰かがいること。


 それも――“俺達”と書かれていたから複数人。




 差出人に、心当たりはある。


 同じクラスで、俺達を目の敵にしている例の3人組だ(アンドラスくんは今のところ除外している)。




 しかし、彼等はまだ具体的な接触をしてこない。


 だから、なんとなく彼等だろうという予測は付けられるが、その確証までは至らない。


 潰すなら潰すで、大義名分が欲しいのだ。


 怪しいというだけで先に仕掛ければ、こちらが相手の術中に嵌まる。




 つまり、対策のたてようがない。


 試験に対して妨害してくることは予測が付くが、全てに対してカバーするには手数が足りないのだ。




「できるのか? 俺1人で……フラン達を守ることが」


「私がどうかしたんですか?」


「うぉっ!?」




 いきなり後ろから声を投げかけられ、俺は飛び上がった。


 いつの間にか、フランが後ろに立っていたからだ。




「ビックリしたぁ。いつからそこに?」


「今来たところです。私もお手洗いに行こうと思ってたので」


「そ、そうか。行ってらっしゃい」


「……」


「…………」




 あれ? なにこの微妙な空気。なんで俺をじっと見つめてくるんですかね、フランさん。


 無言で見つめ合ったまま動けないでいると、痺れを切らしたのかフランが口を開いた。




「……話してくれないんですね。何に悩んでいるのか」


「え? いや、まあ……フランには関係な――」


「関係なくないでしょう? だって、私達を守るとか言ってましたし」


「うぐっ」




 やはり聞かれていたか。


 有無を言わさぬフランの迫力に気圧され、俺はたじろぐ。




「私、ちょっと悲しいです。私とリクスくんはまだ出会って一ヶ月しか経ってないですけど、それでも信頼しあえる仲間だと思ってたんですよ」




 悲しいと言うわりに、表情も声音も怒ってそうなんですが。とは、流石に怖くて言えなかった。


 普段温厚な人が怒ると怖いって、本当なんだな。


 俺はそんなことを思いつつ、




「俺だってそう思ってるよ。フラン達を信頼してる。だからこの件は、俺1人で解決する必要があるんだ」




 フランを信頼しているからこそ、一歩も引かずにそう答えた。


 なのに。




「違います」




フランは、バッサリと俺の言い分を斬り捨てた。




「そんなの、信頼なんて呼びません。私も兄さんも、サリィさんだって今までずっとリクスくんに助けられてきました。私は詳しい事情を知らないけど、シエンさんが今この場所にいるのも、どうせリクスくんがいつもみたいに、自分の犠牲を厭わず彼女の居場所を守ったからでしょう?」




 フランは、吸い込まれそうなほどに美しいガーネットピンクの瞳を俺に向け、視線を逃がしてくれない。




「私達は、今までリクスくんにたくさん貰いました。でも、そんな一方通行の優しさを信頼なんて言葉では呼びません。リクスくんとマクラさんが、単なる主従の関係には収まらないように、お互いにできることをして支え合っている。そういうのを、信頼関係って呼ぶんじゃないですか?」


「っ!」




 フランの言葉に、俺はハッとする。


 同時に、『それって、でしょ?』という、マクラの言葉が蘇った。




 俺は、少し勘違いしていたのかも知れない。これは俺の責任だから、俺が片付けるべき問題だと。フラン達を巻き込むべきではないと、そう決めつけていた。


 けれど、結局それは俺がそうしたかっただけ。ただの独善的な自己満足。フラン達に、自分勝手な優しさを押しつけているだけだということに。




 俺は目を瞑り、一度深呼吸をする。


 それから目を開けて、フランの顔をしっかりと見据えてから告げた。




「……ごめん。実は、聞いて欲しいことがあるんだ」




 フランは一言、「はい」と頷いて微笑んだのだった。


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