第75話 姉さんと休日デート!?

 本大会への出場者が決まってから、一ヶ月は瞬く間に経過した。


 その間は当然学校に通い、不本意ながら学園生活にも慣れてきていた。しかし、いくら超新星ともてはやされたところで、俺の根っこは基本的に怠惰だ。




 遅刻や居眠りなどは、したくないと言えば嘘になる。


 遅刻しそうになる度に姉さんやマクラが起こしてくれたり、授業中船を漕いでいるとフランが優しく起こしたりしてくれているから、今までそれで注意されたことは数えるほどしかないのだが。




 端から見れば、目覚まし時計が美少女という、羨まシチュエーションになるんだろうが、俺からしたら若干鬱陶しくもある。




 が、そんな俺にもたたき起こされることのない日が存在する。


 それは――休日だ。


 五日間の授業が終わった後の、二日間の休日。


 


「遅寝・遅起き・昼ご飯」を信条とする昼寝族の俺が、正午までゆっくり眠れる最高の休日である。


 このときだけは、本来の俺の姿に戻れるのだ。




「ふぁ~」




 俺は、ぬくぬくとした布団に頭までくるまりながら、寝返りを打つ。


 今日は日曜日。明日からは、公欠を貰って出場する《選抜魔剣術大会》も控えているため、今日は念入りに寝溜めしておかなければならない。




 俺は、微睡みの中、夢と現ともとれない心地よさに身を委ねる。


 このままずっと、こうしていたい――




「リクスちゃ~ん! 起きなさ~い!」




 バッ!


 突如、振り払われる俺の聖域ふとん


天然の目覚まし時計ことエルザ姉さんの声が、直接耳に飛び込んでくる。




 それと同時に、カーテンを開け放った窓から陽光が容赦なく差し込んできた。




「う、うぉ! 眩しいぃいいい、浄化されるぅうううう!」




 俺は自分の目を押さえ、布団の上でバタバタと暴れる。


 いつも早起きの訓練させられているせいだろうか。残念ながら、俺の眠気は一瞬にして吹き飛ばされてしまった。




「なに吸血鬼みたいなこと言ってるのよぉ~」




 姉さんの呆れたような声が聞こえてくるが、こっちはそれどころじゃない。




「な、なんで起こすんだよ! 今日は休みでしょ! 俺は明日から大変なんだから、睡眠貯金させてくれぇ!」


「どうせ寝過ぎて、今夜目が冴えて眠れなくなるだけよぉ」


「甘いな姉さん。俺は48時間連続で寝続けた記録を持ってるんだ。常人とは身体のつくりが違うんだよ。俺は今日、夕方まで寝ようと、夜はぐっすりさ。睡眠において俺の右に出る者はいなぁい!」


「……なんだか格好付けてるとこ悪いんだけどぉ、言ってることはめちゃめちゃダサいわよぉ?」




 ジト目で睨んでくる姉さん。


 そのあと、ふぅ、と若干エロ……色気のあるため息をついて、俺にとんでもないことを言ってきた。




「まあいいわぁ。それより早く着替えなさぁい。出掛けるわよぉ」


「は? 出掛けるって、どこへ?」


「決まってるでしょ? 私とデートよぉ」


「……ん?」




 俺は一瞬硬直し――




「はぁああああああああああっ!!??」




 意味を悟った瞬間、絶叫を上げてしまった。




――。




 時刻は九時半。


 私服に着替えた俺と姉さんは、王都へと繰り出した。




 何気に、休日の王都に来るのは久しぶりだ。


 ただでさえ人で溢れている空間が、休日ということもあって更に人でごった返している。




「全く、姉さんも変なこと言わないでよ。デートとかさぁ」


「うふふ。もしかして変な想像しちゃったぁ? リクスちゃんも案外、初心なところあるのねぇ」


「からかうなバカ姉。結局、「買い物に付き合え」ってことなんだろ?」


「あらぁ? 私は、割と本気で「デート」だと思ってるわよぉ」


「ぶっ!」




 俺は思わず吹き出してしまった。


 正直、姉さんと俺はあまり似ていない。


 いや、顔の輪郭とか、赤い瞳とかはそっくりだが――髪の色も真逆だし、俺のほうが二歳年下と言っても、一応男子の端くれだ。




 体つきもしっかりしているし、姉さんと背は同じくらい。


 端から見れば、カップルに見えてしまう可能性は捨てきれない。


 実際、さっきからチラチラと通行人からの視線を感じる。




 実の姉に欲情するようなことは流石にないが、思春期の男子として恥ずかしいのは変わらないのだ。




「まったく……一々紛らわしい台詞を吐きやがって」


「ごめんごめん。あ、ほら着いたわよぉ~」




 姉さんは、大通りに面した一件の建物を見上げた。


 二階建てで黄土色の煉瓦で作られているその建物には、小さな扇形の窓があり、そこから店内に陳列された服が覗いている。




 どうやら、服を扱っているお店のようだ。


 それも、見た感じかなりブルジョワ味を感じるというか、ザ・オシャレな雰囲気がダダ漏れのお店である。


 よりわかりやすく言うと、俺のような者とは最も縁遠い場所だった。




「えぇ、マジでここに入るの?」


「そうよぉ」


「姉さんの服なんだから、わざわざ俺を連れてくる必要なかったんじゃ」


「あら、何を言ってるの?」




 姉さんはきょとんと首を傾げ。




「あなたの、明日の勝負服を買いに来たのよぉ」


「……は?」




 俺は、想像の斜め上を行く回答に、一瞬理解が追いつかず。


 ――俺の服を買う? この、イケてるメンズとか、上流階級のお嬢さまとか、貴族の紳士とかしか利用しなさそうな、このお店で?




 ……。


 …………。




「はぁああああああああっ!!??」




 本日二度目。


 俺は、素っ頓狂な叫び声を上げるのだった。


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