姉(勇者)の威光を借りてニート生活を送るつもりだったのに、姉より強いのがバレて英雄になったんだが!?~穀潰し生活のための奮闘が、なぜか賞賛される流れになった件~
第76話 この店長、注意力が終わってる件
第76話 この店長、注意力が終わってる件
入り口の無駄にオシャレな扉を開けると、上に取り付けられた鈍色の鈴が、カランコロンと音を立てた。
「いらっしゃいませ」
カウンターの裏で作業をしていた20代半ばと思われる女性の店員が出迎える。
亜麻色の髪は緩やかにウェーブがかかっており、顔には奇抜でない程度に化粧が施されていた。
物腰がどこか落ち着いているため、元はそこまで派手じゃない人なんだろうが、今は垢抜けた雰囲気を纏っている。
店員の女性は、俺達――より正確にはエルザ姉さんの方を見ると、パッと表情を明るくした。
「エルザさんお久しぶりです! いつもご贔屓いただき、ありがとうございます!」
まさかの、姉さん御用達だった件。
いやまあ、オシャレくらいしたいだろうし、お金もたんまりあるだろうけど……こんな高級店の常連だったとは。
ていうか、「凪の勇者」などと呼ばれ、一部を除いて心を許していないらしい姉さんが心を許しているようなのが、気になった。
「えぇ。久しぶりねぇ、マニー。景気はどぉ~?」
「あんまりよろしくないですね。最近、シルクの流通が滞ってて、値段が上がったので。下級貴族なんかは、普段着に見栄を捨てる方も多く出ている始末で」
「あら、そぅ~。大変ねぇ、高級服飾店の店長というのも――」
なんかいきなり、近所のオバサンみたいなノリで世間話しだしたぞこの人達。
つーか、マニーさんて店長だったのか。
気弱そうな人だし――強盗とかに襲われたりしないだろうか。
「――えぇ、大変ですよ。この間なんかスリにやられまして。うっかりベンチに座ってうたた寝していた隙に、財布の入ったバッグを盗まれちゃいました」
ほら言わんこっちゃない。
ていうか、高級店のオーナーが、無防備にベンチなんかで寝るなよ。
「え、それ大丈夫だったのぉ!?」
「はい。ついうっかり、財布の中身を家に置いてきていたので、実害はほぼありません」
「そうなのぉ。うっかりしていて助かったわねぇ」
「はいーそうなんですー。あははー」
いや、うっかりすること多すぎだろ!!
結局バッグと財布のガワを盗まれてるから、実害出てるんよ! 「あははー」じゃないよ!!
和やかムードで流せる話にも限度があるわ!!
この店長、いろいろと注意力が終わってる。
これは、いつか悪い人に騙されたり、最悪の場合命に危険も……うん?
そのとき、俺はあることに気付いた。まさか――
「(ちょいちょい、姉さん)」
俺は姉さんの脇腹を肘で突き、小声で問いかける。
「なぁに、リクスちゃん」
「(もしかして、姉さんがこのお店の常連になったのって……)」
俺は、視線だけマニーさんの方に向ける。
対する姉さんも、顔を近づけて小声で答えた。
「(えぇ、こんな調子だから危なっかしくて、ときどきトラブルに巻き込まれてないか見に来るのよぉ。初めて会ったときも、暴漢に襲われていてねぇ。私がそういうのを取り締まる仕事をしてるって言ったら、「次も助けて」って泣いてせがまれちゃって。基本人には関わらない主義なんだけど、なんだか哀れで気になっちゃってねぇ」
おい。なんか哀れな子羊だと思われてるぞ。大丈夫か、マニーさん。
「(まあ、そんなわけでちょくちょく来るんだけどぉ。人ってその気になれば、だんだん打ち解けていくものねぇ。今では、無事を確認するついでにここで服を買わせて貰っているわぁ)」
「ふーん」
不思議な出会いもあるものだ。
「さて、それじゃあ悪いんだけどマニー。この子の服を買いたいのだけれど」
「この子?」
マニーさんは、俺の方を見ると、意味ありげに目を細めた。
「なるほど、わかりました。どうぞお好きなのを選んで試着していってくださいね。あ、奥の棚は空なので先にそれだけ伝えておきますね」
「もしかして、納品ミスでもしたんですか?」
「! よくわかりますね。君、ひょっとしてエスパーさんですか!?」
「いや……誰でもわかると思いますけど」
目を丸くして興奮した様子を見せるマニーさんに、呆れ顔で答える俺。
「さてとぉ~リクスちゃんどれがいい?」
「う~んそうだなぁ。動きやすくて、あんま派手すぎない――」
「あ! これにしましょう。金の刺繍とエポレットがついている、トレンチコート!」
「おい、俺に選択権は?」
1人で暴走する姉さんに、俺は深いため息をつくのだった。
――。
その後、なんやかんやあって、無難に黒に若干の金ラインが入ったコートに決めた。
「それじゃあ、お会計よね。値段は……10万エーンでよかったかしらぁ」
「いえ。8万エーンになります」
「あら? 値札を見間違えたかしらぁ」
「いいえ。お二人でご購入いただいたので――」
マニーさんはちらりと俺の方を向いて。
「カップル割引が適応されます」
「ぶっ!?」
俺は思わぬ不意打ちで吹き出した。
「ちょ、ちょっと待ってください!? カップル!? 誰が!?」
「え。ですから、エルザ様とあなた様が――」
「んなわけないでしょ! このバカ姉は俺の姉です! 家族です血縁です近親者です!」
「そ、そうだったんですか!? し、失礼しました!! てっきりエルザ様の彼氏さんだとばかり」
全力で慌てる俺とマニーさんの横で、姉さんが腹を抱えて大爆笑している。
「はぁ、まったく……」
「申し訳ありません。ですが、よかったのですか? もし黙っていれば、二割引になったのに」
「お金を得る代わりに大切な何かを失いそうなので、その選択肢は最初からないです」
「は、はい……?」
真顔で答える俺に対し、マニーさんは首を傾げる。
「あっはははは――お腹痛い。笑いすぎたわぁ」
今まで笑っていた姉さんは、目元に浮かんだ涙を拭ってマニーさんの方を見た。
「どのみち、嘘をついていたとしても、カップル割引は適応されないんじゃないかしらぁ」
「どうしてです?」
「だって、表の看板にはカップル割引は15日までって書いてあったでしょう?」
「ええ。それが何か……」
「今日、17日よぉ」
「……え!?」
マニーさんは、首がねじ切れんばかりの勢いで後ろの壁に貼ってあるカレンダーを見る。
「ほ、ほほ、本当だ!? 一昨日でキャンペーン期間終わってた!!」
おい。
慌てて表の看板を回収しに行くマニーさんの背を、俺達は呆れて見送るのだった。
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