第77話 姉さんと初めてのカジュレス

「お腹が空いてきたわねぇ」




 服を買ったあと、姉さんの買い物に付き合わされてしばらく。


 姉さんが、そう呟いた。




 何気なく街の一角の時計塔を見ると、時刻はお昼の12時を回っている。


 本来なら最低でもこの時間までは寝ていた筈なんだが……クッ、くだらないことに時間を費やしてしまった。




「そろそろお昼にしましょうか」


「いいけど……レストラン予約してるの?」


「いいえ。だから、カジュアルレストランにしようかと思って」




 カジュアルレストラン。


 レストランなどの外食=貴族などの富裕層が嗜むもの。というイメージが数十年前まではあったみたいだが、今では違う。




 詳しい経緯は知らないが、王様がいろいろ頑張ったみたいで、レストラン=一般人も気兼ねなく食事を楽しめる場にしたようだ。


 今では、レストラン=カジュアルレストランを指すことが多い。




「姉さん、カジュアルレストランとか入ったことあるの?」


「……バカにしてる?」


「いや、そういうわけじゃないけど。なんか、さっきの服飾店といい、買い物で回ってたランジェリーショップといい、高級店ばっかだったから」




 つまるところ、一般人の風習に疎そうなのである。




「そ、それは……たまたま私にあうお店が、気品のあるところだっただけよぉ。偶然よ、偶然。私だって、カジュアルレストランのことくらい知ってるんだからぁ」


「あ、そう。ならいいんだけど」


「あ、ほら。あそこにあったわよぉ」




 姉さんは、無理矢理話を切り上げるように、遠くを指さす。


 見れば、一階建てで大きなガラスを使ったレストランがあった。


 


「さ、行きましょう」


「お、うん」




 俺は姉さんに腕を退かれて、カジュアルレストランに入店した。




「……うわぁ、流石に混んでるわねぇ」


「お昼時だからね」




 店内を見まわしていると、ウェイターらしき男性が近づいてきた。




「いらっしゃいませ。二名様ですか」


「はい」


「それではお好きな席へどうぞ」




 それだけを告げて、ウェイターさんは奥へと駆けて行った。なんだか忙しそうだ。




 俺と姉さんは、窓際に空いている席を見つけてテーブルを挟んで向かい合うように座った。




「で、姉さんは何にする?」


「そうねぇ……モーモー牛がメインディッシュのコース料理とかがいいかしら」


「? んなもんあるわけないでしょ」


「え……そ、そうね。わかっていたわぁ。カジュアルレストランだものねぇ」




 なんか怪しいな。


 そんなことを思いつつ、俺は革表紙で作られたメニュー表を開く。


 


「俺はエビたっぷりカレーにしよっかな。姉さんは?」


「……」


「姉さん?」




 返事がないのを不思議に思い、顔を上げると姉さんは眉根をよせてメニュー表とにらめっこしていた。




「何、親の敵みたいな目でメニュー表睨んでるの?」


「……ねぇ、リクスちゃん。“どりあ”ってなぁに?」


「…………」




 バカ真面目な表情で“ドリア”について尋ねられた。


 確か学食にもドリアはなかった気がするし、姉さんが食べているのも見たことはない。


 ただ、多少メジャーな食べ物の部類には入ると思うのだが。


 ていうか、俺の中の”ある疑問”が、風船のように膨らみを増していく。




「あー、ドリアっていうのはですね――」




 淡々と説明すること数十秒。


 俺はエビたっぷりカレー、姉さんはミートソースドリアに決定した。




「――そ、それじゃあ注文した方がいいわよねぇ」




 姉さんは周囲に忙しなく視線を向ける。


 たぶん店員さんを探しているんだろうが、あいにくとフロアにいるのは皿を運んでいるウェイターだけだった。




「リクスちゃん。手が空いている人がいなさそうだから、直接行って呼んできましょう? 私とリクスちゃんでじゃんけんして、負けた方が呼びに行くって感じで――」


「いやそんなことしなくても、テーブルに常備してあるベルを鳴らせば来てくれるから」


「……え」




 半端に“じゃんけん”のための拳を出したまま硬直する世間知らずの勇者様。


 ここでもう、俺の疑問は確信に変わった。




「ねぇ、さっきから思ってたんだけどさ。姉さん、カジュレスに来るの初めてだよね?」


「う……そ、そうよぉ! 悪い! カジュレスって仕組みは聞いてたし、初めてでもなんとか誤魔化せるかなって思ったのよぉ!」




 確かに、「知っている」とは言ってたが、「行ったことある」とは言っていなかった。




「はぁ、まったく。なんでそう変なとこで見栄っ張りなんだよぉ」


「だってぇ。リクスちゃんの前では頼れるお姉ちゃんでいたいんだもぉん」


「だからって、カジュレス来たこともないのに、あたかも来たことある風にするのはねぇ」


「ぐっ……そ、そういうリクスちゃんはなんだか初めてじゃないみたいじゃなぁい? いっつもゴロゴロしてて外とかでないリクスちゃんが、ここまで慣れているのは変よぉ」


「そ、それは……まあ、何回かカジュレス来てるし」




 学校で出来た友人達と、放課後ハンバーガーショップで談笑したり、カジュレスで宿題やったり、実は真っ当に青春を送らされている俺なのであった。




 俺はベルを鳴らし、店員さんが来るのを待つ。


 その間に気になったのは、やはり周りの視線といったところか。




「ねえ、あの二人カップルかな? いいよねぇ」「白髪の女の子美人すぎるだろ」「男の子の方も可愛くて素敵よん」「くっ、見せつけやがって」「てか、あの女の子、勇者様じゃね?」「えマジ!?」「まさかぁ。こんなとこに来るわけないじゃん」




 うーん。目立っている。


 しかも聞き耳を立てた感じ、カップルに間違われたりしているし。


 まあ姉さんは美人だし、人目を惹くのはわかるが。




 こんなデートにしか見えないシーン、友人なんかには見られたくないな。


 マクラには留守番して貰っていて助かった。




「お待たせしました」




 そのとき、ウェイトレスさんらしき女の子がやってきた。




「ご注文をお伺いしま――」




 その女の子は、なぜか途中で声を詰まらせる。


 何かあったのかと思って、彼女の方を見た俺も――時が止まった。




「え、リクスくんと……勇者様!?」


「ふ、フラン!?」




 そのウェイトレスは、まさかのフランだったのだ。


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