第78話 フランの嫉妬心

 フランは、インクを染み込ませた羽ペンと紙を手に持ったまま、驚きで固まっている。


 今の彼女は、黒と白のツートンカラーを基調とした、飾り気の少ないドレスを着ていた。


 一見メイドさんにも見える、控えめながらかわいらしさを強調する衣装だ。




 ものすごく気まずいが、引き替えに普段は絶対見られない姿を拝むことができたのは、プラス要素といったところか。




「……あらぁ? あなた、どこかで見た気が」


「俺の友達のフランだよ。一応、クラスで席が隣だから、姉さんも一度会ってると思う」




 まだCクラスにいたころ、姉さんが俺のクラスに突撃してきたからな。


 顔くらいは覚えているだろう。




「あ、そういえばそうだったわねぇ。リクスちゃんの姉のエルザって言います。私のことは、知ってるかどうかわからないけどぉ」


「し、知ってます。その……勇者様で生徒会長なら、誰でも知っているかと」




 周りに気を遣ってか、俺達にしか聞こえないくらいの声で、苦笑交じりに答えるフラン。




「それはそうと、フランは普段からここで働いてるの?」


「ううん。短期間の雇用募集があったから、お金を稼いでるの。他にも、雑貨屋さんとか掛け持ちしてる」


「なんで、そんなに――」




 そこまで言いかけて、俺は口を噤んだ。


 フランと兄のサルムの事情は聞いている。両親は既に他界しているため、十分な収益が入るはずもない。




 学校に通うのにも金が要る。


 俺みたいに、半ば強制的に姉さんに入学させられた人間は、つい忘れてしまうが、英雄を夢見る卵達が突き進むのにも金が必要なのが世間というものだ。




 流石にフランとサルムの2人だけで暮らしているということはないだろうし、保護者代わりの人くらいいるだろうが、それでも学費なり、欲しいものを買うお金なりは自分で稼がなくてはならないんだろう。




「ごめん」




 俺は、なんともいたたまれない気持ちになって謝っていた。




「ううん、大丈夫。気にしないで」




 俺が考えていることを察したのか、フランは「気にしていない」と笑顔を向けてくれた。




「ところで、リクスくん達こそどうしてここに? 姉弟水入らずで、お食事とかって感じですか?」


「うーん、まあそんあとこかな――」


「デートよぉ」


「ふぁっ!?」




 突然姉さんの口から飛び出した爆弾に、俺はぎょっとする。


 ていうか、今そんなバカなこと言えるムードじゃないだろ!! 空気読んでくれ姉さん!! 今しんみりしてたとこなんだから!!




 ほら、フランとか状況についていけずに、ぽかんと口を開けてしまったじゃないか。




「えっと……そのデートっていうのは、あの愛し合う男女がイチャイチャする、あのデートですか?」


「えぇ、そうよぉ」


「いやどこがだよ!!」




 たまらず否定するが、姉さんはにんまりと悪い笑みを浮かべたままだ。




「ふ~ん、へぇ~。リクスちゃんは私のことなんか、まったく愛してないと。幼い頃からずっと寄り添ってきた家族に対して、好きじゃないって言うのねぇ~。うわぁ~お姉ちゃん、リクスちゃんのこと大好きなのに、ショックだわぁ~」


「うぐっ……そ、それは」




 俺は思わず押し黙る。


 姉さんにずっと支えられてきたことは事実だし、ウザいだけで嫌いではない。もし嫌いなら、俺は姉さんのスネを齧って生きようなんて思わないのだ。


 それに、フランに薄情者認定されるのも、それはそれで辛い。




「まあ……嫌い指数より、小指の爪の先分、反対側の方に寄ってる……かな?」


「つまりぃ? ちゃんと言葉にしてくれなきゃ伝わらないわよぉ?」


「だぁーもう! 好きってことですっ!!」


「あらぁ。あらあらあらぁ? 熱烈にありがとう、私もリクスちゃんのこと好きよぉ」




 姉さんは少しばかり頬を染めて、急に手を伸ばしてくる。


 そのままぎゅっと、俺の頬を両手で挟んでむぎゅーと押してきた。


 少しだけ冷たい柔らかな手の感触が、顔に伝わる。




「や、やめろ何するんだよ。恥ずかしい」


「それはお互い様でしょ~?(公衆の面前で大声で「好き」なんて言うなんてねぇ)」


「はぁ?」




後半、小声で言ったのだけは聞き取れなくて、俺は首を傾げる。


 と、そのときなんだか少し冷ややかな視線が向けられていることに気付いた。


 フランが何やら、死んだ魚のような目で俺の方を見ていたのだ。




「あの、フラン? どうしたの?」


「いえ、別になんでも?」




 そう言いつつ、フランはぷいっとそっぽを向いてしまう。


 いや、なんでもある反応だぞそれは。




「それより、ご注文をお伺いしますが、よろしいですか?」


「あ、そうだった」




 いろいろ想定外のことが起こりすぎて、本題を忘れてた。




「えっと、姉さんはミートソースドリア、俺はエビたっぷりカレーで」




 そう伝えると、フランはサラサラと紙にメモを走らせていく。




「確認します。お姉様の方は「ミートソースドリア」。リクスくんの方は「激辛カプサイシン・カレーLv.MAX(唐辛子マシマシ)」 でよろしかったですね?」


「ん゛!?」




 なんだかヤバそうな単語の羅列に俺の全身から冷や汗が吹き出す。




「あの、フラン? たぶん聞き取りミスをして――」


「では少々お待ちください」


「え、あの、ちょっ……フランさん? 本当にそんなの運ばれてきたら洒落にならないです。俺が何かしたのなら謝るのでどうかお慈悲をぉ!!」




 思わず敬語になって懇願する俺の方を、フランは一度振り替える。


 それから少し拗ねたような表情をしたあと、軽く舌をベッとだして、そのままスタスタと行ってしまった。




 ――その後。


 運ばれてきた料理はちゃんとエビたっぷりカレーだった。




 なんであんな心臓に悪い冗談をついたんだろうと、俺はエビの旨みが詰まった濃厚なカレーを頬張りながら、首を傾げるのだった。

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