第79話 勇者の本音

 昼食を終えた後も、買い物は続いた。


 デートというより、ただのパシリじゃん。と思いつつ、それは口に出さない。


 口に出した瞬間に姉さんの機嫌を損ねることは目に見えていたから。




「こんなもんかしらねぇ」




 白粉おしろいなどを取り扱っている化粧品店から出た姉さんは、う~んと伸びをした。




 既に太陽は西の空にあり、西の地平線がうっすらと赤みを帯びてきている。


 あと一時間もすれば、夕暮れの時間帯に突入するはずだ。




「結局、一日中付き合わされてしまった……俺の貴重な睡眠時間がぁ」


「ん? 何か言ったかしらぁ?」


「いえなんでもございません気のせいです」




 危うく漏れてしまった独り言を、慌てて誤魔化す。




「そう。ならいいけど。そろそろ帰りましょう?」


「うん」




 かくして、俺と姉さんは長いような短いような、そんな一日を終えて帰路につく。




 俺も姉さんも、両手いっぱいの紙袋を抱えていた。


 今日一日、どれだけ付き合わされていたか、想像に難くないだろう。




 だが、なんだろう。


 この感じはよくあるというか、デジャブを感じざるを得ないというか。




「意外ね。これだけ荷物を持たされて、文句の一つでも言うかと思ったのだけどぉ」


「自分から死地に飛び込んでいくバカはいないからね」


「……え?」


「いや、ごめん今のは忘れて」




 俺はまた息を吸うように本音が出てしまい、少し焦ったが――やがてひとつ息をついた。




「たまにこういうことあるから、慣れちゃったんだよ、きっと。フランやサリィの買い物に付き合ってさ。それでサルムと2人で大量の買い物袋を持たされて、うんざりして。全くもう、俺達はパシリじゃないってのに――」




 俺は心底辟易したとばかりに言う。


 しかし、直後姉の口から漏れた言葉は、違うものだった。




「楽しそうねぇ」


「……は?」




 俺は、言葉の前後が読めず首を傾げる。


 ひょっとして、嫌味か?




「いやいやいや、今の話のどこに楽しい要素が――」


「そうじゃなくてぇ、リクスちゃんの表情よぉ」


「表情?」


「えぇ。なんだか、顔が生き生きしてる。さっき、フランさん……だっけ? あの子に会ったときも、輝いて見えたわぁ」


「そう……なの?」




 俺は思わぬ指摘を受けて思案する。


 俺が、フラン達との日常を語って、生き生きしていた……のか。




「はっ、冗談。俺は独りが好きなんだ。いくら友達ができたって言っても、それだけで――」


「1人が好きってことは、孤独が気にならないくらい、周りに支えられているってことなのよぉ」


「……なんか、姉さんらしくない台詞だね」




 言い返す言葉が見つからなくて、それしか言えなかった。




「そうねぇ。少し前までの私なら、考えもしなかったわねぇ。でも、エレンと一緒に仕事して、マリーのような友人ができて。あなたのような憎たらしくても可愛い弟がいて。それに気付けたときから、張り詰めた心が溶けていくような気がしたわぁ」




 そう語る姉さんの横顔は、とても泥酔したときの人とは同一人物と思えないくらい、大人びていた。




「私は仕事上敵が多い。小さい頃から両親がいない環境や、胡散臭い剣術指南の師匠ばかりが周りにいて、今でも他人と関わることは極力しないし、する気もない。だけどぉ、たった数人、側に居たいと思える人がいたから――私はきっと、このロクでもない性格で、勇者をやり続けてるのよぉ」




 姉さんは、どこか自嘲気味に笑いながらそう言った。


 


 やはり、姉さんは俺より一歩先を歩いている。


 二歳年が違うと、見ている景色も違うんだと感じた。


 


 いつもの俺なら、「くだらない。俺は孤独で結構」とか笑いながら言い捨てるところだが、そんな気分にはならなかった。


 姉さんはいつになく真剣で、弱みにも似たその台詞が、嘘偽りない本音だと魂で理解したからだ。




 改めて、俺は最近の自分を考えなおしてみる。


 最近の学校生活に、青春に、あいつらとの日常に。


 もう一つの自分の居場所だと感じた瞬間は、確かにあった。いつの間にか、青春を謳歌していると感じる瞬間があった。楽しいと、そう心が感じていた。




「だから、リクスちゃん自身がそのことに気付き始めたのが、お姉ちゃんは嬉しいのよぉ。もっとも、私の知らないリクスちゃんの姿を、他の子に見せているのは妬けちゃうけどねぇ」


「姉さん……」




 俺は、姉さんのどこか嬉しそうであり、寂しそうでもある顔を見る。


 


 そのときだった。


 俺の視線は、姉さんの奥にいる1人の男を捉えた。


 白髪の交じった頭髪を後ろで縛った、やせぎすで初老の男だった。




「あの人……」




 別に罪を犯しているわけでもないし、怪しい仕草をしているわけでもない。


 ただ、王都の街を歩くには不釣り合いなほど、生気の失せた顔をしていたのが気になった。その男は、人目を避けるように路地の奥へと入り込んでいく。




「どうかしたのぉ?」


「……、いや。なんでもない」




 どのみち俺には関係の無いことだ。


 なぜだか胸騒ぎがするが、俺はすぐにその男のことを忘れ、姉さんとゆっくり歩いた。




 間もなく夜が訪れる。


 それが明ければもう、《選抜魔剣術大会》の本番だ。


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