第15話 姉さんが昼休みに突撃してきた

 午前中の授業は、ひたすらダルかった。


 大体、それ知ってなんの意味があるの? って感じの授業だった。




 魔法が世界に及ぼす影響とか、この世界を構成する要素とか。


 魔歴――世界の歴史の授業なんて、王国建国以前から世界に巣喰う《神命しんめいことわり》なんて外道魔法組織が存在しているとかなんとか……


 退屈すぎてほとんど内容を覚えていない。




 だが、授業中は寝なかった。いや、寝られなかったと言うべきか。


 なんだか、周りの生徒からしょっちゅう視線が向けられるのだ。


 一番前に座るサリィさんはたまにもの凄い形相で睨んでくるし、斜め後ろに座っている大柄で短い黒髪を針のように立たせた男子生徒から、鋭い視線を感じる。


 


 横に座るフランさんも、チラチラとこっちを見てくるし……一回目を合わせたら、ぽっと頬を染めて慌てたように前を向いた。




 そんなこんなで、落ち着かない。


 集中もせず、しかし意識を飛ばすこともなく。


 えらく遅く過ぎていく時間が、とてつもなくもどかしかった。


 


 ああ、退学したい。




△▼△▼△▼




 ――午前の授業終了を知らせる鐘が鳴った。


 


「――と、本日はここまで」




 魔法学の教師が出て行った瞬間、広いクラスが一瞬にしてざわめき立った。


 待ちに待ったお昼の時間だ。




「うはぁ~、腹減ったぁ!」




 俺は、羽ペンを投げ出して大きく背伸びする。




「ふふ、そうですね。私もお腹が空きました」




 そう言ってフランさんはお腹を押さえる。


 服がぴったり張り付いて、何がとは言わないけど凄く強調されてるんだよな……何がとは言わないけど、胸が。




「べ、弁当食べよ……」




 動揺を隠すように、俺はバッグの中をゴソゴソと漁る。


 ――が。




「あれ……?」


「どうかされたんです?」


「ない」


「……?」


「弁当がない! 忘れた!」




 バッグをひっくり返すが、テキトーに詰め込んだ教科書の束が出てくるだけだ。


 


『……今気付いたんだね』




 不意に、呆れたような声が脳内に直接響いてきた。


 マクラの念話だ。


 うん? ちょっと待て。いかにも自分は知っていたような口ぶりだが。




「おい、まさかお前。俺が弁当忘れてること知ってたのか?」


『うん。だから言ったじゃん。忘れてるものがあるよって……「黙れ」って怒鳴って聞かなかったのはご主人様でしょ?』


「そ、そういえばそんな気が……」




 遅刻するかと焦っていて、マクラの言葉になんか耳も貸さなかった。




「リクスくん。さっきから誰と話してるの?」




 ふと振り向くと、フランさんが心配そうにこちらを見ていた。


 あ、これヤバい奴だと思われてるな……たぶん。


 マクラの念話は、周りには聞こえない。端から見れば独り言で会話してる頭がおかしいヤツだ。




「あ、気にしないで。お願い」


「う、うん……」




 精霊召喚とかもあるし、その気になれば精霊と話していたことを信じさせることはできるが。


 聞いた話では、精霊というのは気まぐれで、常に一緒にいるなんてことは有り得ないみたい。

 

 そもそもの問題として、召喚魔法は無理矢理使役するようなものだから、自分から俺に懐いているマクラみたいなパターンはあり得ないのだ。


 だから、精霊と話していることは信じて貰えるかもしれないが、常に一緒に居ることは信じて貰えないだろう。


 だから誤魔化すしかないのだ。……たとえ、美少女に多少引かれようとも。あれ、なんだこれ。目から水が。




 くっ、あれもこれも全て姉さんのせいだ。


 姉さんが時計の時間を弄るから、焦って弁当を忘れたんだ!


 姉さんめ、次に会ったら覚悟しろ――




「リクスちゃ~ん!」




 そのとき、聞き馴染んだ声と共に勢いよく教室の扉が開け放たれる。


 柔和な声色なのに凜とした気配が教室に飛び込んできて――教室の空気が一瞬で変わった。




 皆一様に、視線をその人物に向けている。


 俺も、彼等と同じようにその人物を凝視していた。危うく、目玉が三メートルくらい飛び出るかと思ったが。




「あ、いたいた。リクスちゃん~」




 その人物――エルザ姉さんは、純白の髪を靡かせ、聖母のように微笑みながら俺の方へ歩いてくる。


 うぉおおおおい! 次会ったら覚悟しろって思ったけどさ! 今じゃねぇよ!!


 戦々恐々とする俺の周りで、唖然としていた生徒達が口々に話し出した。




「お、おいあれ」「嘘だろ、会長?」「鉄の生徒会長が、なんでこんなところに!」「一年棟に来るなんて初めてじゃないか?」「Cクラスなんて底辺過ぎて、興味ねぇはずなのに」「ていうか、リクスちゃんて……例の編入生だよな」「ど、どど、どういう関係!?」




 クラス中の注目が、姉さんと俺に向く。


 ――マズい。非常にマズい。


 ここで関係を知られたら、一気に期待と注目の的になる。それだけは避けねば。




 ていうか編入初日で乗り込んでくるとかなんなの? 生徒会長って暇なの?


 あんただって出来の悪い弟を紹介するのは嫌だろ!


 そう思って追い払おうとするが、当の本人は満面の笑みを浮かべたまま俺の目の前まで来た。




 くっ、こうなったら!




「は、初めまして、エルザ生徒会長。ほ、本日もご機嫌麗しく――」




 俺は赤の他人! と全身で示すように、立ち上がって姿勢をただし、恭しく頭を下げて挨拶をする。


 普段から怠惰が服を着て歩いているような俺だ。この態度を見て、俺が「いつもの態度で接してくんな!」と暗に示していることを察しろ!




 ――が、姉さんは止まらなかった。




「んもう、なにかしこまっちゃってるのよぉ、リクスちゃん。いつもみたいに生意気な口聞きなさいよぉ!」




 姉さんは俺の肩に手を回し、ずいっと頬を近づけてくる。




「ちょ、ち、近――」


「ん~? もしかして照れちゃってるのぉ~?」




 うぉおおおおおい! 


 酔っ払ったおっさんみたいな絡み方やめろ!


 


 周りを見れば、みんな驚いたように目を見開いて硬直している。フランさんは顔を真っ赤にして「はわわわわ」と動揺していた。




 そんな周りの反応を気に掛ける様子もなく、姉さんは俺を拘束していた。




「あ、あの……お、お二人はどういう関係で?」




 近くにいたツインテールの女子生徒が、恐る恐る問いかける。


 それは、この場にいる全員の心を代弁した質問であり――俺が一番答えたくないものであった。




「ちょ、ちょっと――」


「ん~? ああ、リクスちゃんは私の弟よぉ~」




 止める間もなく、姉さんの口からその言葉が落ちる。


 数秒の間、教室中がしんと静まりかえり――次の瞬間、驚きの叫びが爆発した。




「「「「えぇえええええええええ!! 弟ぉおおおおおおおおおお!?」」」」

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