第16話 買う喧嘩
オワッタ……
ざわめく教室の中で、俺は独りさめざめと涙を流す。
編入初日で、俺が勇者の弟だということがバレた。
「リクス君が生徒会長の弟!?」「なんだその羨ましい設定!」「なるほど、強いのは当然か」「きゃー! サラブレッドよぉ!」
なんかクラスメイト達が好き勝手言っている。
「なんでバラすんだよ姉さん!」
「あら、ダメだった?」
「当たり前だよ! 絶対目立つじゃんか!」
「どうせ黙ってても、いずれバレわよぉ。それに、リクスちゃんには私を越える英雄になってもらうつもりなんだからぁ」
「何それ初耳!」
一体どこを目指してるんだ、うちの姉さんは。
「はぁ……大体、なんでここに来たのさ」
「リクスちゃんに忘れ物を届けに来たのよぉ~」
そう言って姉さんはにこやかに微笑むと、お弁当を差し出してきた。
サクランボ柄のピンクのナプキンに包まれた、愛妻ならぬ愛姉弁当を。
「わーありがとー(棒)」
無駄に可愛くラッピングされた弁当を受け取った俺は、死んだ目でそう答えた。
「それじゃあ、私は帰るわねぇ~」
「うん。帰って今すぐに」
俺はウキウキで帰っていく姉の背中を見送る。
次からは絶対学食を使おうと、心に誓った。
――。
「お姉さん、いつもあんな感じなんですか?」
弁当の中に入った無駄に可愛いタコさんウインナーをげんなりしながら見ていると、フランさんが声をかけてきた。
「ああ、うん。生まれてくるとき母親の胎内にIQ忘れてきたんじゃないかって思うよ」
「そ、それはどうなんでしょう。……私、あんな会長初めて見ました」
「あー、なんか雰囲気違うらしいね。「鉄の生徒会長」とか、「凪の勇者」とか」
「そうですね。優秀だけど、どこか突き放すようで近寄りがたい人っていうか……」
「ふぅん」
そんなことを話しながら、タコさんウインナーを食べていると。
「おい、そこのお前」
不意に肉付きのいい男子生徒が声をかけてきた。
俺の席の斜め後ろから睨んでいた、あの男子生徒だ。
「どうかしたの、バルダくん」
「あ? お前には用はねぇよ。黙ってろチビ」
バルダと呼ばれた少年は、フランさんを一瞥して俺の方を見る。
「俺に何か用?」
「ああ。随分と調子に乗ってるみたいだからなぁ。少しお灸を据えようと思ってよぉ」
ニタニタ笑いながら、バルダは空いていた前のイスにどかりと座り、背もたれに腕を乗せた。
そんなバルダを、フランさんは無言で睨みつけている。まあ、見るからに嫌なヤツだしなぁ……。とりあえず、それとなく相手をするか。
「大して鍛えてるように見えない身体に、無気力そうな顔。相手を倒そうっていう信念も、努力も、微塵も感じられない」
「まあ、そうだね」
「ちっ……張り合いのねぇ。断言してやるぜ。お前は中途半端に強くなって、有頂天になってるだけの小者だ」
プッと、バルダは俺に唾を吐きかけてきた。
うわバッチイ。汚ぇ。
「……で、小者だから何をしろと?」
「決まってんだろ。お前をボコボコにして、鼻っ柱をへし折ってやるんだよ」
「つまり、俺とお前で決闘するの?」
「いいや。それもいいが、もっとおあつらえ向きなのがある。午後の授業は「実戦訓練」。それも、今の時期のカリキュラムは、来月メルファント帝国で開催される《選抜魔剣術大会》の学内予選が行われるんだよ」
「せんばつまけん……ごめん、何?」
「《選抜魔剣術大会》。毎年開かれる、ラマンダルス王立英雄学校とメルファント帝国魔法剣士学院、それからワードワイド公立英雄学園の、3ヶ国を代表する学校の選抜メンバーで競い合う大規模な大会です」
フランさんがそう補足した。
なるほど、察するに――
「その代表者を決めるための学内選抜予選が授業中に行われるから、そこであんたと戦えってこと?」
「その通りだ。頭悪そうな見た目のわりには、察しが良いじゃねぇか」
ニンマリと、バルダは下卑た笑みを浮かべる。
クラスメイト200人が見守る中で完膚なきまでに叩きつぶしてやろうという魂胆が透けて見える。
まあ、いいか。
こいつを調子に乗らせるのは癪だが、チャンスかもしれない。
だって、こんな小者に負けて見せれば、俺への期待値は減るに違いないのだ。
そうすれば、俺は見限られていずれ退学に……うん。完璧なプラン!
「その喧嘩、乗ってやるよ」
「へっ。プライド諸共全身の骨をへし折ってやらぁ」
「よろしく。(俺の退学のために!)」
俺達は固い握手を交わした。
そして昼休みが終わり――午後の授業がやって来る。
俺の(負けるために)負けられない戦いが、幕を開ける――
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