第59話 勇者サイドの決着
“バイブレーション”
本来であればそれは、剣や槍にエンチャントして、振動波で切れ味を増すためのスキル。
しかし、エルザの誇る魔力の質と量は、一般人を大きく凌ぐ。
ただの中級魔法ですら、上級魔法に匹敵するだけのスペックを得る。
故に――振動数は普通に起動するのとは比べものにならないほど増加していた。
「――ぁああああああああ!!」
エルザは、残った魔力を絞るようにひねり出し、超高温の炎を纏わせた剣先をヒュリーの胸部に当て続ける。
一秒間に数万回振動するその刃は、ヒュリーの硬い胸部の上で、炎とは別の火花を生み出している。
「ヤケクソですか? そんなもので、この私の身体に傷が付けられるとでも――」
嘲笑うようにそう言ったヒュリーだったが、次の瞬間、その余裕の表情が凍り付いた。
ピシリと。ダイヤモンドなど比べものにもならないほど硬いはずの彼の胸部に、亀裂が走ったのだ。
「なっ! い、一体あなたは何をして――」
驚愕に固まるヒュリー。
その間にも、咆哮とともにエルザの剣の振動が、彼の身体に深く亀裂を刻んでいく。
……振動?
(そ、そうか! 振動を私の皮膚に直接送り込むことで、原子を振動させ、元素の固定を無理矢理緩めているのか!!)
なんて脳筋……!
あらゆる絶望を真っ向からねじ伏せるその姿勢に、ヒュリーは戦慄する。
「くっ! 離しなさい!!」
ヒュリーは、“
まともに喰らえば、まるでバターでも切るかのように、全ての魔法防御を貫通してエルザの身体を両断するであろう、必滅の一撃を。
「これで終わりです!!」
「いいえ、あなたがね!」
そう叫んだ瞬間、両手で剣を握っていたエルザは右手を離し、
決して、攻撃が通らないはずの、彼の身体に決定的なダメージを与えたのだ。
「ぐっ、うぅ……!」
激痛に顔を歪めるヒュリー。
「どうやら、気付いてしまったようですね……この魔法の
「ええ」
聖剣を突き刺す手に込める力を一切緩めず、エルザは淡々と応じる。
「あなたは、能力について語る際「ほぼ絶対的な御技」と言ったわ。それはつまり、完璧ではないということ」
考えてみれば、おかしいのだ。
だって、全身の原子を固定するということはつまり、身体を動かすことができない木偶の坊になるということだから。
「あなたは、固有魔法の起動中は身体を動かすことはできない! つまり、腕を振り上げたということは、その瞬間、腕と肩の間だけは原子の固定が解除されているということ!!」
「流石ですね、一瞬でそれを見抜きましたか」
ヒュリーは、賞賛を送るように言った。しかし、その顔に敗北の色はない。
自身の固有魔法を攻略され、あまつさえ胸にヒビが入り続けているというのに。
逆に、エルザの顔に焦りが色濃く浮かぶ。
息が荒くなり、額に気持ちの悪い汗がみるみる浮かんでいく。
「――いや、危なかったですよ本当に。腕を飛ばされ、もうすぐ胸を貫かれて、致命傷を受けるところだった。ですが――」
ヒュリーは口の端を歪めて嗤う。
「――時間切れのようですね」
「!」
その瞬間、力を振り絞って突き刺した聖剣の切っ先がヒュリーの胸を砕き、数センチ傷を刻み込む。
パッと散る鮮血。ぐらりと傾ぐ、ヒュリーの身体。
けれど――それをやったエルザの手から聖剣がかき消え、エルザの方がそのまま地面に倒れ込んだ。
「はあっ、はぁっ!」
荒い息を吐き、震える指先で地面を掴んで立ち上がろうとするが、もう身体に力が入らなかった。
(ここまで追い詰めて……!)
「魔力欠乏状態をとうに越えた魔力切れ。あれだけ我武者羅に天使を追い詰めて、研究で魔力を吸い取られて、その身体で私と戦ったんです。無理もありません。正直、ここまで粘られるとは思いませんでした」
そう語るヒュリーは、斬られた腕の付け根と胸から血を吹き出していたが、確かに二の足で立っている。
もう少し。あともう少し魔力があれば、とエルザは歯噛みする。
立ち上がらなければならないのに、身体が言うことを聞かない。
「あなたには敬意を以て、一撃であの世へ送ってあげましょう」
残酷な台詞が、彼の口から飛び出す。
その手には、鈍く輝く剣が握られていて。
(……ごめんなさい、リクスちゃん)
エルザの脳裏には、生意気で、バカで、ロクデナシで。いつでも姉を困らせる……けれど、どこか不思議な魅力を持った弟の顔が浮かぶ。
「安らかに死ね」
ヒュリーの剣が、遂にエルザの首へと振り下ろされて――同時に、ヒュリーの敗北が決定した。
突如、広い通路の先から真っ黒な刃が迫ってきたのだ。
その刃は赤い稲妻を纏いながら、もの凄い速度で飛翔する。
「なにっ!?」
ヒュリーがそれに気付いたときにはもう遅い。
半ば不意打ちという形で、
「うぉおおおおおおお!?」
ヒュリーはその斬撃を受け、数十メートル後方に飛ばされる。
その一撃は、エルザの願った「あともう一押し」を完璧に担い、ヒュリーの意識は刈り取られ、無様に地を舐めるのだった。
「――い、今のはリクスちゃんね」
エルザは、斬撃が飛んで来た方を見る。
遠くで戦っているはずなのに、ここまで刃を届かせる威力。正直言って、勇者である彼女をして戦慄せざるを得ない。
エルザは、震える身体をなんとか起こすと、壁により掛かった。
「まったく……あれだけ強いんだから、私としてもリクスちゃんに勇者の座を譲りたいのよねぇ」
エルザは、小さくため息をつく。
彼女なりの、ちょっとした本音であった。
もっとも、本人が聞いたら発狂していたに違いないだろうが。
とにもかくにも、勇者と《
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