第142話 売り子さんの正体は……

「――お。チャイムが鳴ったな。では、本日の授業はこれにて終了とする」




 フレイア先生が、相変わらずのイケボで四限目の終了を告げた。


 紅茶色の髪をボブカットにした、美青年風の美女教師であるうちの担任は、豊かに実った胸を押し上げるように腕を組んで、




「本日はこれで終わりだ。午後が開いているからと言って、試験対策を怠るなよ? 赤点を採るようなバカどもには、私が直々にお仕置きしてやる」




 そう言って、嗜虐敵な笑みを浮かべた。


 あの……大変言いにくいんですが、それ、逆効果だと思いますよ?




 脅しのつもりで言っているんだろうが、いかんせん見た目と態度が強気の美青年。男目線からしても、その冷たい美貌と無意識に強調してしまっている大きな胸は魅力的に映る。


 実際、大半の生徒達の反応は――




「はぁ……相変わらず凜としていてカッコいいわ」「先生が赤点補習の担当官……やべ、その方がいいんじゃ?」「お、お仕置き……むしろご褒美! ハァ、ハァ!」




 ほら見ろ。


 健全な学生の性癖が歪みつつあるじゃないか。


 まったく、魅力的にもほどがあ……げふんげふん。けしからんにもほどがある。




「リクスくん?」


「うわぁ!?」




 唐突にフランが俺の顔を覗き込んできて、思わず後ろに倒れそうになった。




「べ、別に俺は先生のチャームにかけられていませんよ!?」


「? なんの話?」




 きょとんと首を傾げるフランに「なんでもないです」と答える俺。


 こういうとき、マクラなら俺が鼻の下を伸ばしていたことに気付くだろうが、彼女とはまだ喧嘩の真っ最中。


 だから、家に残ってふて寝しているに違いない。早く仲直りしないとな。




「そう、ならいいけど。あのさ、午後からみんなで勉強したいなって思ってて。だから、お昼食堂で一緒に食べない?」


「ああ、いいよ。それじゃあ、サルムとサリィも誘おうか」


「うん」




 かくして、俺達はサルムとサリィに声をかけ、勉強会の前にまずは腹ごしらえをすべく食堂へ向かった。




――。




「あれ。結構空いてるんだな」




 管理棟七階にある、王都の景色が一望できる学生食堂。


 そこへ4人で赴いて、開口一番俺はそう呟いた。これまで何度か学食は利用したのだが、今日はいつもより空いている。




「そりゃ、そうだろうね。試験対策期間だし。半分くらいの生徒は帰宅するなり、王都のカジュレスとかで友達と勉強するなりしてると思うよ」




 サルムがそう補足してくれた。


 なるほど、それでこんなに空いているのか。




 周りの生徒達を見れば、食事をしながら教科書を開いている。


 食堂が夜8時まで延長解放されているのも、食堂でダベりながら勉強することや、学校図書館や闘技場で試験対策をしていた生徒達が夕食を食べて帰宅するのを許容しているからだろう。




「ご飯食べたら、そのままここで勉強していこうか」


「賛成ですわ。ここならば、景色も綺麗ですし開放感もあって、勉強がはかどりそうですもの」




 俺の提案に、サリィがいち早く賛同する。


 サルムとフランも特に文句はないようなので、ここで勉強会をしていくことに決定した。




 食堂だから多少喧噪はあるだろうが、俺は喧噪が気にならないタイプの人間だ。


 というか、元々うるさくて明るい空間でも3秒で寝られるよう、外界とのリンクをシャットアウトする訓練を積んでいるから、喧噪が気にならないというだけだが。




「あれ?」




 不意に、フランが声を発した。




「どうしたの?」


「あそこ。なんか、人だかりができてる」




 フランが見ている方向を見ると、なるほど。


 スイーツの売店のある辺りに、人だかりができている。


 


「ほんとですわね。新作スイーツでも売っているのでしょうか?」


「う~ん、でもそのわりにはほぼ男子しかいないよ? スイーツって、女子に人気なイメージがあるんだけど」


「確かに。男子でもスイーツが好きな人は多いと思うけど。それにしたって、女子が極端に少ないのは不自然だよね」




 サルムの指摘に、俺も頷く。


 じゃあ、一体あの人だかりは何が目的で起こっているものなのだろうか?


 俺達は目配せをしあい、人だかりに近寄って行って――




「「あ!」」




 人だかりの先にあるものを見た俺とサリィは、同時に声を上げてしまった。


 主に男子達の熱い視線を受けていたのは、1人の売り子だった。


 メイド服に似た、フリル付きの可愛い売り子衣装を着て、列整理を行っている1人の少女だ。




 あまりに人の注目を集めすぎて、列整理が全くできていないのだが、俺とサリィはそんなことを突っ込んでいる余裕がなかった。


 何せ――その売り子さんには、あまりにも見覚えがありすぎたからだ。




「お、押さないで。順番に並んでくれないと、困る」


 


 そう感情の起伏が少ない声で言う彼女は、紫のメッシュが入った銀髪をしていて、紫炎色の瞳を眠そうに細めていた。


 一瞬、そんなことがあるのか? と思ったが、間違いない。




 その売り子さんが、自分の勘違いでないことを悟った瞬間、俺は声を上げた。




「し、シエン!?」

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