第143話 食堂でざまあします(シエンが)

「な! ど、どうしてあなたがここにいるんですの!?」




 サリィも、驚いたようにシエンに詰め寄る。




「何? 知り合いなの?」


「うん。大会の決勝で戦った、ワードワイド公立英雄学園の子だよ」




 シエンと面識のないフランとサルムに、俺はそう説明した。


 しかし、本当に驚いた。


 まさか、ウチの英雄学校に編入してくるとは。普通の人生を送りたいと言っていたから、ワードワイド公立英雄学園を辞めることは予想が付いていたけれど、ここに来たら本末転倒な気がする。




 そんなことを考えていた俺だったが、彼女の次の言葉で納得した。




「ここには、会場で知り合ったいい人がいっぱいいるし。せっかくリクスと友達になれたのに、離れたら寂しくて。それに……サリィやエレンとも、仲良くなりたいから」




 少し気恥ずかしそうに小声で言うシエン。


 その言葉を聞いたサリィは、わなわなと肩を振るわせ――彼女の中で何かが決壊したのか、不意にガシッとシエンの両手を握った。




「そういうことなら大歓迎ですわ! 是非、お友達になりましょう!」


「うん。よ、よろしく」




 超ハイテンションでシエンの手をブンブンと振るサリィに、若干引いた様子を見せながらシエンは頷いた。




「友達がいるからこっちに来たってのはわかったけど、また英雄学校でよかったの? 近場にある普通の学校で良かったんじゃ……」


「それも考えた。けど、こっちに引っ越すって決めて、勉学を続ける気はあんまりなかったから、働くことにした」




 俺の問いに、シエンは薄い胸を張って自信ありげに答えた。


 それは凄い。俺にはできない選択だ。


 勉強が嫌だから、引きこもってゲームしようとはなるけれど、勉強が嫌だから働こうという発想にはならない。




「なるほど。それで、ここの学生食堂に就職したんですのね」


「うん。丁度募集があったから。まだ仮採用だけど、なぜか一発合格した。面接、上手く答えられなかったのに……不思議」




 シエンは、相変わらず眠たげな顔で首を傾げる。




「それは……たぶん花があるからじゃないかと思うけどなぁ」




 フランは苦笑いしながら、そう呟く。


 まあ、シエンほどの美少女なら、可愛らしい売り子服を着て店前に立っているだけで、客を呼び寄せられるだろう。




 今後、学食の看板娘として定着することは間違いない。


 それと同時に、男子からの告白も増えそうだ。


 ここは少し、善意で忠告しておくとしよう。




「いいか、シエン。今後、浮かれた男子からちょっかいかけられることが増えると予想される。だから、おいそれと靡かないようにな」


「うん大丈夫。僕はリクスからのちょっかいしか受け入れない」


「……それはいろいろと誤解を招くからやめてくれ」




 俺が小さく嘆息した、そのときだった。




「おいこら! どこ見て歩いてんだテメェ!」


「す、すいません!」


「すいません、じゃねぇんだよ! テメェが道の真ん中にいたせいで、スープがこぼれたじゃねぇか! あぁ!?」


「ごめんなさい。でも、余所見をしてぶつかってきたのはそっち――」




 何か、トラブルめいた会話が聞こえてきた。


 見やれば、大柄の三年生と思われる男子生徒が、一年の女子生徒に絡んでいる。


 一部始終を見ていたわけじゃないからわからないが、道の真ん中にいた女子生徒に大柄の先輩がぶつかって、スープがこぼれてしまったようだ。




「なんだと、文句でもあるってのか! クソ生意気な一年だな。テメェが道の真ん中に突っ立ってなきゃ、ぶつかりようがねぇだろうが!」




 ドッ、と。男の先輩は女子生徒を突き飛ばした。


 小さく悲鳴を上げて、尻餅をつく女子生徒を睥睨しながら、男の先輩は詰め寄る。




「――あいつ。ちょっと調子に乗りすぎだろ」


「待って」




 止めようと動いた俺に、シエンが待ったをかける。




「ここは僕に任せて欲しい。食堂での揉め事は、売り子として認められない。だから半殺しにしてくる」


「そ、そうか……ほどほどにな」


「うん、




 ほどほどに、を強調して、シエンは男の先輩と女子生徒の間に割り込んだ。




「あ? んだテメェは」


「一方的にいたぶるのはダメ。弱いヤツのすること」


「……あ?」




 あー、シエンさん。完璧に相手の逆鱗に触れちゃいましたね。まあ、その意見には賛成だけど。




「うるっせぇんだよ、このチビ! ただの売り子が、邪魔すんじゃねぇよ!」




 一瞬で頭に血が上った先輩は、“身体強化ブースト”で強化した拳で、シエンを殴り飛ばそうとする。


 このとき、誰もがシエンの身を案じただろう。――むろん、俺とサリィは、これから威起きる事態を想像して、相手の先輩に同情していたが。




「――“彼者、空気より軽く”――」


「は?」




 シエンがぼそりと呟いた瞬間、男の身体ガふわりと浮いて、バランスを崩す。


 シエンの左手には、いつの間にか漆黒に輝く剣が握られていて――




「よっ」




 シエンは、空気より軽くなった大柄な先輩の身体を、片手でひょいっと持ち上げる。


 当然、《傲慢魔剣ルシファー》の権能だが、端から見れば、魔剣持ちの少女が、とんでもない怪力で男を持ち上げたように映ったことだろう。




「悪い人にはお仕置きしないと」


「ちょ、待て。テメェ、な、なにを――」




 シエンは先輩の制服の裾を掴んで、そのままモーニングスターのようにぶん回し――




「や、やめ――ぁあああああああああああああ!?」


「えいっ!」




 気の抜けた掛け声とともに、大柄な先輩の身体を壁に向かってぶん投げた。


 ズバゴンッ! と派手な音がして、先輩の身体は壁にめり込んだ。大柄な先輩は、白目を剥いてピクピクと痙攣している。




「「「「…………」」」」




 あまりの事態に絶句してしまった生徒達の方を振り返り、シエンは微かな笑みを浮かべて囁くように言った。


 ほどほど、とは一体何だったのだろうか?





「食堂での迷惑行為は、やめようね」




 ――その日から、“悪魔のような売り子がいるから、食堂での迷惑行為は御法度”という、校則以上に効力のある噂が、学校に刻まれるのだった。


 

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