第144話 食堂で勉強会

 ――昼食を食べ終えた俺達は、そのままの流れで勉強会へと洒落込んだ。


 4人がけの長方形ランチテーブルに座り、思い思いに教科書や参考書を開く。


 俺の隣にサルム。向かいにはサリィがいて、対角線上にはフランが座る感じだ。




「……で、なんでお前までちゃっかり勉強会に参加してるんだ?」


「ん?」




 横に目を向けると、テーブル通路側の一辺に、シエンが肘を突いて勉強の様子を眺めていた。


 位置的には、わざわざイスを持ってきて、向かい合うフランとサルムの間に横から割り込む形で陣取っているのだ。




「いや、暇だから」


「仕事中に堂々とサボるのか。根性あるな……俺が言うのもなんだけど」




 まあ、時間は午後二時頃。


 売店を利用するお客さんも、ぱっと見見当たらない。


 見れば、売店員のおばちゃんも居眠りしているし、サボっていても問題は無さそうだが。




「その分、お昼時はちゃんとお客さん呼び込んでるから。……あ、フラン。そこ間違ってるよ」


「え? ほんと?」


「うん。xを求めたいなら、先にyに代入しないと正確な答えにならない」


「えーと、こういう感じですか?」


「そうそう」




 数学の問題を解いているフランに、解法を教えるシエン。




「ていうか、シエンさんて結構勉強できたんですわね。意外ですわ。その問題、そこそこ難易度が高めですのに」




 サリィは、感心したようにスラスラ教えていくシエンを見る。




「ん、それほどでも。ただ、普通の学校生活に憧れてたから、勉強は昔からわりとしてた」




 口で謙遜しつつも、少し胸を張っているシエン。


 褒められて悪い気はしないようだな。それに、友達と勉強会といういかにも普通の学生らしいイベントができて、テンションが上がっているみたいだ。


 その証拠に、いつもより饒舌である。……まあ、眠そうな目はいつも通りだけれど。




「それにしても、俺としてはフランがあんまり成績良くなかったことが意外だな」




 俺は、ふと思ったことを言った。


 見るからに優等生の印象があったフランだが、座学の小テストの成績はかつてのCクラスでも真ん中より少し下。Sクラスではビリに近い。ちなみに、Sクラスのビリは俺だ。




「あはは……私、昔から座学はあんまり得意じゃないんです。この学校では、入学から卒業まで、実技の方が重視されるので、それでなんとかなってるだけというか……入学試験の座学も、合格ラインギリギリだったので」




 フランは、恥ずかしそうに頬を掻きながら暴露する。




「逆に、兄さんは実技が苦手で、座学はそこそこできるんですよ」


「そんなことないって」




 謙遜しているサルムだが、小テストはSクラスでも真ん中より上。


 学年全体で言えば、30位以内には入る、勉強できる組である。


 ちなみに、この場で最も勉強が出来るのはサリィで、小テストではいつも学年一桁の順位をとっている。


 流石に、伯爵家の教育の賜と言ったところだろうか。




「サルムが勉強できない枠だっていうなら、俺は一体どうなるんだ」


「……右に同じくです」




俺とフランは、同時にため息をつく。




「やっぱ、俺。ニートが天職なんだな」


「べ、勉強ができないだけでそれは、流石に悲観しすぎだと思うけど……」




 サルムは、頬を引きつらせながらフォローしてくれる。




 俺は、選択科目の世界史の勉強をするべく、教科書を広げた。


 授業中にとったノート(※授業の半分は寝ているから、度々板書のメモが途切れている)と見比べるが、授業でやったところが教科書のどのページかすらわからない。




 何もかもが未知数。


 ただの暗記科目なのに、教科書に載っている単語に一つも見覚えがないなんて……




「ダメだ。授業で見た覚えのない言葉ばかり……オワッタ。俺の夏休みは補習地獄確定ダ」


「リクスさん!? 勉強開始1秒で灰になってますわよ!?」


「はは、あはは……サリィ。俺の灰は、綺麗な川の畔に捨ててくれ……ガクッ」


「リクスさぁああああああん!!」




 あたふたして叫ぶサリィ。


 そんなやり取りの中、不意に、隣にいるサルムが俺の教科書を覗き込んで「ん?」と首を傾げた。




「どうしたの? サルム」


「いや……僕も君と同じ世界史Ⅰを選択してるけど、この内容は見覚えがないな」


「え?」




 それは一体、どういうこと?


 眉根をよせる俺の横で、「もしかして……」と何かに気付いたらしいサルムが、俺の教科書を閉じた。


 表紙に書かれていた文字は、「世界史Ⅱ」。




「「「「「…………」」」」」




 その瞬間、俺達の間だけ時が止まったようにしんと静まりかえった。




「えと……リクス? これ、二年生の教科書だよ?」


「え。あ、あー……みたいだね」


「もしかして、今まで何も気付かず、この教科書使ってた?」


「……はい、そうです」




 俺は、思わずしゅんとして、サルムの尋問に答えてしまった。


 たぶん、姉さんのお下がりを貰ったときに、ⅠとⅡの違いをちゃんと見ていなかったのだ。




「たまに思うけど、リクスくんて天然さん?」


「ん、フランの言う通り。この間の大会でも、いろいろ勘違いしてた」


「そ、そんなことは……」




 ないとも言い切れない。


 フランはたぶん、日頃俺が抜けてる部分を言ってるのだろうが、この間のテロ騒動の時も盛大に勘違いしたまま英雄に祭り上げられてしまった。




「もし、手元にⅠの教科書がないなら、僕の貸そうか?」


「いいの?」


「うん。あーでも、今教室にある」


「じゃあ、俺がとってくる。机の中、勝手に漁っちゃうことになるけど」


「構わないよ」




 サルムの許可が貰えたことで、俺は急いで教室棟へ向かうことにした。

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