第129話 シエンの恩返し
「はぁあああああああああああ!!」
最早追い詰められたエリスは、魔力を爆発させて肉薄する。
残像すらその場に置き去りにするほどの速度。
常人なら、対応もできずに殺されるだろうが、俺やシエンは限定的ながら人外の域に達している。
だから、見える。
いや、それ以前に――
「“
俺がそう呟いた瞬間、ガクンとエリスの身体が傾ぐ。
「な、に……身体が重い!」
エリスの突進が、一目見てわかるほどに失速した。
お陰で俺達は、難なくその場から離脱する。
「貴様……この権能は、右腕の魔剣か!」
「うん。デバフ付与が、俺の魔剣の権能だからね」
「くそ……!」
エリスは歯噛みする。
どれだけ強大な力であろうとも、当てられなければ意味はない。
速度と一撃の重さを奪われた攻撃は、脅威ではないのだ。
ここまでくれば、誰でも思うだろう。
こちらの勝ちだ、と。
しかし、忘れてはならない。傷付き、追い詰められた獲物は、ときに捕食者に牙を剥く、ということを。
「ならば、仕方がない。どのみち、今作戦の失敗は必至。私はあの方に罰を受け、殺されるだろう」
エリスは、どこか吹っ切れたような表情でそんなことを呟く。
しかし、メガネのレンズ越しに映る瞳だけは、覚悟の決まった色をしていた。
ゾクリと。何か――とてつもなく嫌な予感が、背筋を駆け上る。
「あんた、一体何をする気だ?」
「ふ、ふふ……ただでは終わらせないわ。せめて、あの方の勝利のために……障害となる者は消す! 私の命に代えても!!」
瞬間。
淀んだ覚悟に答えるかのように、彼女の全身に膨大な魔力が駆け巡る。
膨大な魔力は勢いを増し、凄まじい熱と光が生じていく。
「まさか……残った膨大な魔力を全て使って、自爆する気か!?」
俺は、思わず叫んだ。
自らの命の消滅をも厭わない、自滅覚悟の最終手段。
相手の持つ魔力はただでさえ強大なのに、今は《
人智を越え、神域まで至っているこの濃密で膨大な魔力が、全て放出されれば――この辺一帯が吹き飛ぶだけでは済まない。たぶん、クレーター状にへこんで、数百年後には雨水の溜まった人造湖になっているだろう。
この凄まじい一撃は、“
新たに手に入れた聖魔剣は、今のところ攻撃特化としかわかっていないから、防げるとは思えない。
いや、仮に防げたとしても――現在進行形で避難中の観客達は間違い無く爆発の餌食となる。
そんな言葉が、脳内に一瞬現れて――
「あはははははははは! 一緒に地獄へ行って貰おうか!!」
エリスは哄笑をしつつ、勝利を確信する。
彼女の身体の中で勢いを増す魔力の回転が臨界を突破し、内側から弾けるように光が漏れ出して、周囲を残酷なほど白く染め上げていく。
そのときだった。
「よかった」
ふと声が聞こえて、横を見る。
いつの間にか、シエンが俺の横に立っていた。
「ずっとリクスに助けられてばっかりだったけど、僕も少しは役に立てそう。こんな気持ち、初めてだよ。ずっと恨んでた力を使えて、嬉しいなんていうのは」
そう行言って、微笑みかけたシエンの横顔は、白く染まった世界のなかで美しく映る。
そして、シエンは力強く言葉を紡ぐ。
「――“爆風、そよ風より優しく”――」
瞬間、全てを巻き込み消滅させる爆発の威力が、そよ風以下の破壊力に成り下がる。
視界を焼く白い閃光はそのままに、大地をまるごとえぐり取るはずの爆風が、頬を心地良くくすぐるに留まった。
「ま、マジか……」
その光景を見て、俺は絶句するしかない。
たった一つ、認識したもののルールを声に出すことでしか改変できない力。
しかしそれは、状況が目まぐるしく変わる戦闘においてのみの弱点。
たった一つ、全てを破壊する力ならば、それを無に帰すことができる。
改めて、《
やがて――光が収まる。
奪われていた視界が晴れ、無傷のステージが現れた。
その中心に。
「ば、かな……」
最後の切り札が不発に終わり、莫大な魔力だけを放出してしまったことで、完全に戦闘能力を失った満身創痍の女性が、そこにいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます