第128話 虚構世界への片道切符―イマジナリー・スペース・イクスペル―

「ばかなっ!?」




 エリスは、信じられないとばかりに目を剥いて、肘から先を斬り飛ばされた右腕を凝視する。




「くっ、“ヒール”!」




 欠損を治すには、上級回復魔法の“アドバンスド・ヒール”を唱えなければならないが、都合3節にも及ぶ呪文を、戦闘中に長々と唱えている暇はない。


 隙だらけの状態を狙ってくれと言っているようなものだ。


 


 そう考えると、上級魔法を無詠唱で唱えられる俺ちんってば、天才なのでは? と今更ながらに思ってしまう。




 だがまあ、今はそんなことはどうでもいい。




「ありゃ……思ったより切れ味が半端ないな」




 俺は思わず左手に携えた聖魔剣を凝視する。


 凄まじい切れ味だ。


 これで料理とかしたら、まな板はおろか台所ごとすっぱり切ってしまいそうである。


 下手したら、建物が真っ二つになるかも。




「貴様……何をしたの」




 下級回復魔法で最低限の止血だけしたエリスが、動揺も露わに俺を睨んでくる。




「私の結界は、あらゆる攻撃を阻む。それは、人智を越えた権能たる魔剣や聖剣とて例外じゃない。質量も、ベクトルも、次元も、空間も……ありとあらゆる要素が異なる七種の結界を重ね合わせた多次元結界……だというのに! その剣は、一体なんなのよぉ!」


「俺も、実際にやってみてわかったことなんだけど……これが、この剣の権能らしいんだ」


「権能、ですって……?」




 ゆだんなく俺達を睨みながら、エリスが眉根をよせる。




「あらゆる防御すら切り裂く斬撃……まさか、触れたもの全てを切り裂く、確定切断!?」


「いいや、正確には違う」




 俺は首を横に振る。


 彼女の導き出した答えは、概ね間違っていない。しかし、には、なんでも切れる最強の剣、などという都合の良い物体は存在しない。


 物体を斬る。それ即ち、原子の結合を強引に崩すということだ。




 原子の結合を押しのける力がなければ、物体を斬ることはできない。


 それが、における絶対的なルールだ。


 しかし――だからこそ。




「この剣は、あらゆるものを切断するが、同時になんだよ」


「……は?」




 エリスが、呆けたような声を上げる。




「“虚構世界への片道切符イマジナリー・スペース・イクスペル”――この剣に備わった権能の名前だ。刃が触れたあらゆるもの……金属やタンパク質だけでなく、魔力や量子、次元子、時空間エネルギーまで、全て等しく唯一無二の別世界へ放逐する力。それが、ご自慢の結界と腕を切り飛ばした力の正体だ」


「なん、ですって……?」




 エリスは、絶句したようにごくりと唾を飲み込んだ。




 この世界に存在する概念では、斬ることができないものもある。


 だから、刃が触れた悉くを異世界に追放する。


 次元も、時間も、空間も……全ての壁を飛び越えて。一度行ったら還って来られない、虚構世界イマジナリー・スペースへと。




「そんな……有り得ないわ! 唯一無二の別世界なんて! だって、この世界には天界と魔界と、現世という三つの世界しか存在しない! 四つ目なんて……そんな、神様みたいなことができるわけがないじゃない!」




 エリスは、ヒステリックに叫ぶ。


 目は血走り、認めたくない現実を突きつけられた子どものようだった。




「まあ、否定はしないよ。ちょっとだけ、ズルしてるみたいなものだからね」


「なに……?」


「この虚構世界は、ゲームで言うバグやグリッチを利用したものだ。この聖魔剣 《堕天使魔剣フォールン・ゲイザー》は、天界の最上位天使の力たる《光天使剣ウリエル》を依り代に、魔界の最上位悪魔たる《怠惰魔剣ベルフェゴール》と《傲慢魔剣ルシファー》の力が混ざっている。そして、その剣の主は現世に生きる俺だ。天界と魔界と現世。その三つがバランスを取り合った結果生まれたのがこの聖魔剣であり、剣の中にある三つの世界がせめぎあって、世界の結節点に隙間が空いたんだ」


「まさか、それが……」


「そう。三つの世界がかなり、混ざり、反発し合ったことで生じた、存在しないはずの第四世界。それが、片道切符え行ける電車の終着駅だ」




 したり顔で説明する俺。


 しかし、実はよくわかっていない。


 脳内に、聖魔剣の情報が勝手にインプットされたからそれを読み上げているだけで、全く理解できていないのである。




 当初、分が悪いと思っていたエリスとの勝負だが、俺が自分の新たに手にした権能の凄さを、全く理解していなかっただけで、こちらの方が上回っている。




 逆に、相手はただバカみたいな魔力を放出しまくっているだけ。


 たぶん、戦いよりも事務仕事や裏方の方を行うタイプの最高幹部だったんだろう。そこまで戦闘の技量も高くない。




 見かけの魔力に騙されてはいけないなと、そう思った。




「くっ……認めない。認めないわ! そんなふざけた力……!!」




 エリスは唐突にわなわなと震え出す。




をも越える力を持つ人間なんて、私は絶っっっ対に認めない! 世界を支配するのは貴様じゃないのよ、坊や!!」




  エリスは激高して、唇を噛み千切る。


  唇の端から血が流れるのも構わずに、魔力をひねり出して俺の方へ突撃してきた。


 

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