第10話 踊る剣技

《リクス視点》




「行くぞ」




 俺は息を吸うように身体強化魔法を自身にかける。今まで――ブロズの攻撃を避けるのにも使用していなかった身体強化魔法を、今初めて起動した。




 更に剣に魔力を纏わせて、迅速で剣を振るう。


 キャピキャピお姉さんが、剣に魔力を纏わせることも出来ない雑魚と罵ってきたが、わざと負けるために魔力を流さなかっただけだ。




 流石にこの自壊一歩手前の剣をそのまま振るっても、相手を斬る前に剣が砕けてしまうので、流石に魔力を纏わせたのだ。




「ぐっ!」




 ブロズはくぐもった声を上げる。


 浅く切り裂かれた胸からじわりと血が滲み、紺色の制服に広がっていく。




「く、クソ――」




 ブロズは、袈裟斬りを仕掛けてくるが、俺は難なくその剣を弾く。


 力だけの剣など、どうとでも受け流せるのだ。


 そのまま意趣返しとばかりに袈裟斬りを仕掛け、返す刀で脇腹を薙ぐ。




「ぐっ、ぬぉおおおおお!」




 痛みに顔を歪めながら、ブロズが突きを放つが、重心移動で躱しつつ、伸びきった腕に持った剣を、蹴り上げて弾き飛ばす。




「んなぁっ!?」




 得物を手放した丸腰のブロズを、折れた刃が襲いかかる。


 


「ま、待て――ッ!」




 ブロズの制止を無視して、俺はブロズの周囲を台風となって踊る。


 腕に、背に、足に、腹に、次々と鎌鼬かまいたちのように斬撃を浴びせる度、真っ赤な血が舞う。




「ぁああああああああああああ!」




 力だけで特出した速さも技量も持たないブロズは、されるがまま、情けなくも叫び声を上げていた。


 


 俺が台風と化して襲った時間は、わずか10秒程度。


 だが、反撃も許さない連撃の雨で、ブロズの全身は赤く染まっていた。




「あ、ぐっ……!」




 ブロズは、がくりと膝を突く。




「わ、悪かった……謝る。俺が間違ってた。だからもう許し――」


「何言ってるの? まだ立てるでしょ? 致命傷は避けてるから、この試験のルールにも抵触しない。まだ続けようよ。俺はいたぶるのが大好きなんだ」




 ブロズの胸ぐらを掴み上げ、俺は低い声でそう告げる。


 もちろん、いたぶる趣味なんかない。


 だが――これはブロズが今までやって来たことを、今度は俺がやっているだけだ。




「ひ、ひぃっ!」




 ブロズはガタガタと震え出す。


 情けない。弱者を苛めて愉悦を覚えるようなヤツなんて、メンタル強度もたかが知れてるな。




「あんた、サルムくんにも同じことしたよな? どうせ、他の受験者もいたぶってたんでしょ」


「ち、違……そんなことは」


「へぇ、おかしいな。キャピキャピお姉さんが「アイツと相対したヤツはみんな悲惨なことになる」って笑いながら言ってた気がするけど。仲間が嘘をついてたとは思えないんだよね」


「そ、それは――」




 ブロズは押し黙る。




「まあいいや。その人達全員分のかたきも、今から討つわけだし」


「や、やめろぉ!」




 振り上げた剣に、ブロズの目が怯える。


 既にサルムくんの敵はとったし、俺としてはこれ以上いたぶる気もない。


 面倒くさいし。




 だから、あえて脅して、ブロズの心がボキボキに折れていることを確認したかっただけだ。




「――やめて欲しいなら、俺のお願いを聞いてよ」


「お願い……だと」


「うん。あんたがつまらない享楽のためにいたぶったサルム君だけど、ここで治癒魔法使いになりたいんだって。だから、試験官としてサルム君が合格になるよう働きかけて欲しい」


「い、いや……俺に決定権はないのだが」


「そんなこと知ってるよ。あんたみたいな底辺の生徒が、そんな権力持ってないことくらい」




 序列38位とか言っていたが、たぶんそんな強くない。


 ただパワーがあるだけだ。あのキャピキャピお姉さんに関しても、身体強化魔法の使い方が多少上手なくらい。




 この学校の頂点は勇者である姉さんだろうし、そう考えると目の前の雑魚が序列38位なわけがない。あまりにも弱すぎる。


 小さい頃姉さんと戦った時は、俺が連勝していたが、何分俺には根性が無く早々に剣を手放した。




 姉さんはずっと訓練を続けて今や勇者になっているし、俺が家でぐーたらしてると反撃する間もなく丸焦げにされる。


 だからたぶん、今は姉さんの方が圧倒的に強いだろう。




 俺から見た姉さんの強さと、ブロズの強さは比較するまでもない。


 だからきっと、見栄を張って序列を偽ってるんだ。それでも一応、編入試験の対戦相手を任されているみたいだから、俺が彼に望むのはただ一つ。




「この試験の審査員? とか学長さんとかに、進言してくれればいいんだよ」


「わ、わかった。善処する」




 ブロズは、こくりと頷いた。




「よし、交渉成立」


「じゃ、じゃあこれで俺はもう斬られずに済むってことか?」


「うん。そうだね。それじゃあ、目が覚めたらよろしく」


「……へ?」




 ブロズの疑問を浮かべた表情が、鈍い音と共に固まった。


 俺の折れた剣が、ブロズのみぞおちに突き立ったからだ。


 戦意は失っているが、帰り際もし襲われでもしたら面倒くさいし、意識は刈り取っておく。




「ふぅ、一件落着」




 俺は額の汗を拭って――気付いた。


 周囲の人々が、驚愕の表情を顔に貼り付けてこちらを見ていることに。


 受験生も、試験官も、審査員も、客席に座る観客の生徒達も。




 や、やべ。


 そういや俺、試験官二人もぶちのめしちゃったから、実力不足で不合格みたいなことにならないんじゃね? 下手したら普通に試験合格しちゃうかも!


 くっ! こうなったら最終手段だ!




「あ、あー! 実は試験官にめっちゃ深手を負わされて、立っているのもやっとだったんだー! くっ、い、痛いー! 意識がー……ぱたり」




 胸を押さえ、この場にいる全員に聞こえるように声を張り上げ、その場に倒れ込む。


 だが、当然抑えた胸に刀傷などない。


 ――この日、俺の編入試験合格が決まった瞬間だった。

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