第11話 それぞれの反応
《三人称視点》
「す、すごい……」
編入試験の会場。
一般の生徒達に解放された、観客席にて。
眼下の戦いを見守っていた少女は、感嘆の息を漏らした。
ゆるくカーブがかかったブロンドの髪を肩で切りそろえた小柄な少女だ。
ガーネットピンクの瞳が、驚きで揺れている。少女の手は、制服を窮屈そうに押し上げる大きな双丘の前で、強く握られていた。
少女の名は、フランシェスカ=ホーエンス。
ラマンダルス王立英雄学校一年Cクラスに在籍する生徒だ。
そして――サルム=ホーエンスの妹でもある。
当初、フランシェスカは、兄の応援のために来ていた。
だが、いざ兄が現れて上級生に滅多打ちにされているのを見て、心底恐怖した。
兄は、フランシェスカに比べ剣術も攻撃魔法も得意ではない。
そのせいで、半年前も、その前の入学試験も、実技試験で落とされたと聞いている。
彼女は、痛めつけられていく中で、それでも立ち上がろうとする兄に敬意を表すると共に、どうしようもないほど怖くなってしまったのだ。
もし、この場で兄が死んでしまったら――と。
そんなとき、隣で試験を受けていた少年が、兄を助けた。
黒髪で赤い瞳の、眠そうにしている少年。
顔立ちは整っているが、どこか地味さが否めない彼は――あろうことか、遙かに格上と思われる半裸の女性を一撃で行動不能にした後、兄を苛めた上級生を相手に大立ち回りをした。
しかも、刃の折れた剣で相手を斬り、自身は一発の攻撃も受けずに。
なぜ最後にわざとらしく胸を押さえて倒れたのかだけが、疑問ではあったが。
「それにしても、兄さんはどこに行ったんだろう……」
ふと、戦いが終わってざわめきだした周囲の中、フランシェスカは呟く。
例の少年が話していると、いつの間にか神隠しのようにサルムが消えた。
その現象が不可解だったのだ。
「ふむ。見たところ、最高位の認識阻害魔法のようだな」
そんなフランシェスカの独り言に答える者がいた。
彼女が横を見ると、隣に座っていた上級生の女性が細い顎に手を当てて、ステージ上の少年の方を見ていた。
その相貌はどこか気品があり、目には理知的な光が灯っている。
目の前の試験にずっと集中していたせいか、空席だったはずのその場所に人が座っていたことに、フランシェスカは初めて気付いた。
というか、よく見たらその人は――
「す、すいません! 挨拶もできず! リーシス様!」
フランシェスカは飛び跳ねるように席を立ち、ガバッと頭を下げる。
リーシス=ル=メルファント。
ラマンダルス王国の隣に位置するメルファント帝国の第三皇女だ。
交換留学という形で、リーシスは王立英雄学校に通っているのだった。
剣と魔法の腕も中々で、二年生でありながら学校の序列5位に位置している。
そんな女性がいつの間にか隣にいたものだから、フランシェスカはもう焦りに焦っていた。
今日は彼女の心臓に悪いことが起きすぎている。
「いや、余のことは気にするな」
ぺこぺこ頭を下げるフランシェスカを、リーシスは片手を上げて制す。
「それにしても、貴様はあのボロボロになっていた男の妹なのか?」
「は、はい。そうなんですが……兄が急にいなくなって」
「いなくなったのではない。確かにそこにいるが、見えていないだけだ」
「見えていない? 認識阻害とおっしゃっていましたが、透明化ですか?」
「いや。本当に認識を阻害しているのだ。目には確かに彼が映っているはず。が、こちらの表層意識と深層意識が“映っていないもの”として処理してしまっているのだ。あれほど高位の認識阻害魔法は、余も見たことがないな」
リーシスは、その硬い表情を、僅かに興味深そうに緩めて言った。
「そうなんですか。でも、流石はリーシス様です。私は気付きもしないのに」
「いや。余とてこの「魔眼」あってのことだ。余の「魔眼」はあらゆる幻覚・幻術の類いを見破る。そんな余をして、貴様の兄の姿をぼんやりと捉えることしかできない。こんなことは生まれて初めてだ」
「つまり……どういうことでしょうか?」
「あの黒髪の少年の認識阻害魔法の練度は、バケモノじみているということさ」
「っ!?」
フランシェスカは息を飲む。
3800人以上いる、王国最難関の英雄学校。
その序列5位をして唸らせる少年が、ステージ上にいる……というかどう見ても倒れたまま寝ているのを見て、フランシェスカは戦慄を禁じ得なかった。
と同時に、興味も湧いた。
兄を救ってくれた少年は、一体どんな人なんだろう? そんな風に、彼女の心は少年に惹かれていた。
「ちっ、くだらねぇ」
そのとき、吐き捨てるような罵声が後ろから聞こえた。
フランシェスカ達が振り向くと、そこには大柄な少年が居た。
短い黒髪は針のように逆立っており、太い眉と鋭い瞳が、野性的な荒々しさを醸し出している。
「バルダ君……」
フランシェスカは、少年を認識するとそう呟く。
「貴様の知り合いか?」
「はい。同じ一年Cクラスの生徒です」
「ケッ。わざわざ紹介する必要もねぇだろ」
「ば、バルダ君。いくらなんでも失礼だよ。皇女様相手にそれは」
「んなもんどうでもいいだろ」
忌々しそうに言ったバルダは、それよりも、とステージを睨んだ。
「あの男、気に入らねぇな。自分の力を誇示するみたいに暴れ回って、いけ好かねぇ。品性の欠片もねぇ。ああいうヤツに限って、大した実力もねぇのによ」
(うーん……自己紹介かな?)
フランシェスカは苦笑いしながら、そんなことを思う。
そもそも、一学年はS~Eの6クラスで一クラスは200人ほど。
Sが特進クラスであり、Eが最底辺のクラスだ。
その中でCは真ん中より少し下だから、あまり威張れたものではない。
正直に言ってフランシェスカは、クラスの裏番長的な存在であるバルダは苦手だった。
「もしアイツがウチのクラスに入ってくるようなら……徹底的に教育してぶちのめしてやる」
そう言って、乱暴に立ち上がるとバルダは去って行った。
「そっか。ウチのクラスに入ってくる可能性もあるんだ」
フランシェスカは、少し物思いに耽る。
名前はなんて言うんだろ。将来の夢は? 得意な魔法は? 休日は何して遊ぶのかな。好きな人とかいたり――
「楽しみか? アイツがこの学校に編入してくるのが」
「ふぇっ!? ま、まあ……楽しみというかなんというか……」
いきなりリーシスに声をかけられ、慌てふためく。
「ふふっ。楽しみだと顔に書いてあったぞ」
「うぅ……そう、ですか。正直言うと、ちょっと気になるかなって」
「ああ、余も一緒だ」
リーシスは、満足そうに笑う。
その眼は、その場で治癒を受ける兄ではなく、気持ちよさそうに寝たまま、試験進行係のスタッフによってステージ外に運ばれていく少年へと向けられており。
フランシェスカは、今まで感じたことのない、胸が少しちくりとするような感覚を味わったのだった。
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