第12話 姉さんが、喜びのあまり泥酔した

《リクス視点》




 ――一週間後。




 食卓には、かつてないほど豪華な食事が並んでいた。


 ラマンダルス王国ターニア地方のブランド鳥、コケコッコー鳥を使った七種の香草焼きをメインに、トマトブイヨンスープや煮豆のサラダ、シーフードパイなど。


 一年に一度、祝い事で出すような豪勢極まりない食事だ。




 そんなキラキラ輝いてすら見える食事を前にして。




「……どうしてこうなった」




 俺は、どんよりと落ち込んでいた。




「今日はめでたい日よぉ。まあ、リクスちゃんなら必ずやりとげるって、私は信じてたけどぉ~」




 テーブルを挟んで向かい側に座っているご機嫌な姉さんが、自身のグラスに注いだシャンパンを一気に呷る。




 何を隠そう、今日届いてしまったのだ。


 ラマンダルス王立英雄学校編入試験の合格証明書という名の、死刑宣告が。




 え? いくらなんでも死刑宣告は言い過ぎだろって?


 俺にとって英雄学校なんぞに通うということは、死となんら変わらない。


 俺の大切な時間が、魔法学だの剣術指導だの、よくわからん講義で消費されるのだ。俺の時間が死滅するということは、つまり俺の存在もまた死滅した空間にいるということ。うん、完璧な理論。




「ほらぁ、リクスちゃんも食べて。今日の主役はリクスちゃんなんだからぁ」


「はは、ははは。そうですね姉上」




 落ち込みすぎて変なテンションになってしまった。


 とりあえずこのブルーな気持ちを紛らわそうと、コケコッコー鳥のもも肉を手に取り、かぶりついた。


 


 七種類の香草の風味が重層的に押し寄せ、鼻腔を駆け抜けていく。


 と同時に、柔らかでジューシーな鶏肉の旨みが口いっぱいに広がった。


 旨い。今この空間で、コイツだけが俺の味方だ。ありがとう、コケコッコー。




「それにしてもぉ。リクスちゃんが私と同じ学校に入学なんてぇ。ひっく、お姉ちゃん嬉しい……嬉しいよぉ。うわぁああああん」


「は?」




 いきなり目の前の姉さんが泣き出した。


 見ると、姉さんが机に突っ伏して、なんかぽわぽわした空気を纏っている。


 赤い目は妖しい色香を放つかのごとく潤み、焦点を結んでいない。頬もほんのりと赤く、白い肌に妙に映える。




 彼女の左手には、いつの間にか空になった一升瓶が握られていて――




「ちょっ!? 姉さん!? まさかこの一瞬で一瓶まるまる飲んじゃったの!?」


「リクスちゃんが、私の手を離れて……ひっく。離れて独り立ちしちゃうぅ。ざびじいぃいいいいい~」


「いや嬉しいのか寂しいのかどっちだ!? てか独り立ちなんてしないよ! 俺はずっと姉さんのそば(※庇護下)にいるよっ!」




 俺は、姉さんの方へ駆け寄って背中をさする。


 う、酒くせぇ。


 どうやら完全に酔っ払っているようだ。普段あんまりお酒を飲まない人だから知らなかったが、泣き上戸らしい。




 整った顔が涙と鼻水で悲惨なことになっている。




「ほら姉さん。鼻をかんで」




 俺は鼻紙を何枚か掴んで差し出す……が。




「ありがど……チーンッ!」


「ちょおっ!? 俺の服で鼻水かむな! 汚ぇ!」




 あろうことか姉さんは、鼻紙をスルーして、俺の服の袖に鼻をこすりつけてきた。


 姉さんの名誉のために言うが、普段こんなバッチイことはしないんだよ?


 


「まったく……めんどくせぇ」




 泣きじゃくる姉を宥めながら、俺は遠い目をするしかないのであった。




△▼△▼△▼




「それで、ご主人様はいつから編入なの?」




 夜。


 酔いつぶれた姉さんを部屋のベッドに寝かせた後、自室の寝室でぐったりしていると、不意に人間サイズで顕現したマクラが聞いてきた。




「ん? 明後日だと。明日は入学の手続きとか諸々して、明後日から登校だとさ」


「大変だね」


「はぁ~……本当だよ」




 俺は長いため息をつく。




「あの、さ」




 と、俺の枕元で女の子座りをしていたマクラが、遠慮がちに聞いてきた。




「ん?」


「私も、ご主人様と一緒について行ってもいい?」


「その姿で?」


「……うん」


「却下」


「えぇっ!?」




 マクラは驚いたように大声を出す。と思ったら、急に涙目になって怒り出した。




「なんで! なんでそんな意地悪言うの!」


「いやだって。お前が横に立って歩いてたら目立つでしょ? 美人なんだし」


「なぁ!? な、なな、なにを言って……!」




 急にマクラの顔が、沸騰したように真っ赤になる。


 


「ご、ご主人様のくせに気の利いた冗談なんて、らしくない!」


「はぁ? 冗談も何も、思ったこと言っただけなんだけど」


「う、うぅ~……」




 プシューと音がしそうな勢いで、マクラの頭から湯気が立った。


 なんだその反応は……まぁ、いいか。




「ま、お前が一緒に来たいってのはわかった。普段ルビーのペンダントの中に入っていて、余程のことが無い限り外に出ないって約束してくれるなら、来ても良いよ」


「ほんと!?」


「ほんと。どうせ俺はすぐに退学するつもりだし、短い間になるだろうからね」



 もうすでにどうやって退学しようかと考え始めている俺である。人は常に前進する生き物。いつまでも落ち込んでいるわけにはいかないのだ。


 そんな俺を差し置き、目を輝かせて、全身で喜びを表すかのように寝室を飛び回るマクラ。


 そのサイズで狭い部屋を飛び回るな。ほらみろ、吊り照明に頭ぶつけた。




 「いった~い」と頭をおさえるマクラを見て、俺は大きくため息をつくのだった。




 そして翌日。


 案の定二日酔いで体調が悪そうな姉に連れ回され、入学手続きを終わらせた。


 


 明日よ来ませんように。そう願っても、まあ時の流れというものは止められない。


 瞬く間に残酷な朝がやって来てしまった。




 遂に今日から、俺は英雄学校に通うのだ。


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