第13話 姉さんの策略
マクラが俺について来たいと思った理由。
それはどうやら、入試の時にペンダントの中から見た学校の様子に感動したかららしい。
寝具から生まれた妖精ならもうちょっとインドア派でもいいと思うんだが、生憎とマクラはアウトドア派だ。
もちろん、ゲームとかも好きでよく俺の対戦相手になってくれたりするが。
あ、そうそう。
ちなみに姉さんは、マクラの存在を知らない。
思春期の男の子と、小さな女の子が毎日同衾している……なんて思われたら、どうなるか?
たぶん家丸ごと聖剣で消し炭にされる。
だからバラしていない。
――。
『ご、ご主人様! たぶん忘れ物があると――』
「だぁあああああ! ちょっと黙ってて!」
と、そんなマクラが激しく揺れるペンダントの中から声をかけてくる。
しかし俺は、そんなマクラの発言に耳を貸さず、ひたすら街を駆け抜けていた。
なぜ、俺がこうも焦っているのか。
それは俺の腕時計が指し示す時間が午前7時58分だからである。
完全登校時刻が8時。
つまり、俺は今、絶賛遅刻間際なのである。
「うぉおおおおおおお! 街の皆さんどうか俺に進路譲ってぇえええええええ!」
驚いた街の人達が左右に飛び退く中央を、土煙を巻き上げて全力疾走する。
――実は俺、当初当日から遅刻していく気でいた。
理由は単純。遅刻常習犯→学校からの印象Down→単位落ちる→祝、退学!
そんなプランを考えていたから。
そこで朝から布団の中でぬくぬくしていると、寝室に入ってきた姉さんから一言。
「あ、そうそう。遅刻一回ごとに、リクスちゃんのゲーム機一つ没収するからぁ~」
「ふぁっ!?」
一瞬で飛び起きた俺は、枕元の時計を見て絶句した。
時刻は7時45分。
ほぼ遅刻確定の時間だった。
「た、質わりぃいいいいいいいい!!」
ほぼ遅刻確定の時間でそれを伝えてくる姉さんに暴言を吐きつつ、俺は一瞬で服を着替えて家を飛び出したわけだ。
「――うわぁあああああああ! あと2分でつくわけないだろ! 姉さんのばかァアアアア!」
街行く人が「なんだなんだ?」と俺を見る中、半狂乱で叫びながら街中を疾走する。
しかし、そんな人並みの中におかしなものを見つけた。
いや、おかしなものと言うのは変だが、あるはずのない光景だ。
何せ、俺と同じラマンダルス王立英雄学校の制服を着込んだ生徒が、ちらほら見受けられたのだから。
それも、何一つ焦る様子もなく、ごく自然に友人と談笑しながら歩いている。
何やってんだあいつら?
今の時間わかってるのか?
まさかみんな、俺と同じ計画を……?
いや、まさかな。
いくらなんでも国内最難関の英雄学校の生徒だ。
それが、こんなにも遅刻を気にしないというのは、ちょっと変じゃないか?
周りの景色と共に一瞬で後方へ流れていく景色を見ながら、俺はそんなことを思い始めていた、そのときだった。
「あれ、リクスくん?」
不意に追い抜いた生徒の1人から声をかけられ――その声が知っているものだったから、俺は急ブレーキをかけて止まった。
「き、君は――」
振り返るとそこにいたのは、制服に身を包んだサルムくんだった。
となりにいる小柄の女の子と一緒に、仲良く登校しているようだ。
「サルムくんじゃないか! 良かった、受かったんだ!」
「うん。リクスくんのお陰でね」
「俺のお陰?」
「とぼけないでくれよ。君が直談判して、僕を入学させようと働きかけてくれたんだろう?」
「……ああ~、そういやそうだっけ」
そう言われれば、あのゴリラみたいな先輩に、頼んだ気がする。
「お陰で僕も、妹と同じ学校に入学できたんだ」
「妹? とすると、そこの彼女が……」
俺が、サルムくんの横に立つ少女に視線を移すと、なぜかポッと頬を赤らめ、どもりながら言った。
「は、はは、初めまして。私は、フランシェスカって言います。よ、良かったらフランって呼んでいただけると……」
「そっか。俺はリクス。よろしくね、フランさん」
「はい! よ、よろしくお願いします!」
フランさんは、バッと頭を下げる。何がとは言わんが、たゆんと揺れた。
恥ずかしがりやなのかな? 割と自己主張控えめで、おとなしめの美少女って感じだ。……でも、ちょっと、胸だけその枠には収まらなそうだが。
「しかし、並べて見ると確かに兄妹だな。髪の色とか、輪郭とかそっくりだ。俺は姉さんと髪の色が正反対だからな……」
「姉さん? リクスくん、お姉さんがいるんだ」
「あーうん、まあね」
曖昧に答える。
しまったな。あまり姉さんのことはバラしたくないんだ。
勇者の弟だと話題になれば、期待値で退学のチャンスも減る。
俺の姉さんの正体は極秘事項だ。
うん? 姉さん? 姉さんと言えば何か忘れてる気が……は!
「そうだ時間!」
俺は腕時計を凝視する。
サルムくんに再会した衝撃で忘れかけていた。そうだ俺は、遅刻寸前だった!
時計の針は、今丁度無慈悲にも8時を指した。
「ぎゃああああああ! 遅刻だぁああああ!」
さらば、俺の愛しきゲーム機。
戦々恐々としている俺へ、サルムくんが話しかけてくる。
「ちょっと待って。遅刻ってどういうこと?」
「は? いや遅刻は遅刻だろ。今何時だと思ってるんだ! というか、なんで君たちはそんな平然と歩いてるんだ! 将来英雄になろうという気概はないのか!!」
自分のことを棚に上げ、俺はそうまくし立てる。
と、サルムくんとフランさんは互いに顔を見合わせると、おずおずと問いかけてきた。
「あのさ、リクスくん。たぶんだけど……その時計、時間ずれてるよ」
「……へ?」
サルムくんは、自身の腕時計を見せてくる。示す時刻は7時30分。
まさかと思い、近くの時計塔を見上げると、やはり示す時間は7時30分。
つまり、俺の目覚まし時計と腕時計は、30分進んでいたわけで――
「……」
こんなことをする人は一人しかいない。
最初から、俺がどう行動するのかもお見通しだったわけだ。
「ね、姉さんのバカァアアアアアアアア!!」
本日2回目の姉さんへの暴言。
俺の悲しき怒号が、朝の街に響き渡った。
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