第9話 報復の戦い

《三人称視点》




(ば、ばかな……!)




 ブロズは、今目の前で起きたことが信じられず、驚愕していた。


 目の前で、有り得ないことがおこった。


 リクスが無造作に投げた折れた剣が、残像をも生み出す速度で水平に飛翔し、キャピキャピお姉さん――エナのみぞおちに突き立ったのだ。


 それを受けて、エナが倒れたのだ。


 身体強化魔法で全身を強化しているエナが、だ。


 それも――なんの魔法効果も付与していない、折れた剣によって。




(嘘だろ? エナの身体強化魔法は、この俺をも上回るんだぞ? 並大抵の斬撃じゃ傷一つ付かないってのに……一撃で意識を刈り取りやがった!)




 ブロズは戦慄していた。


 だが、怯えているわけではない。


 それは自分が絶対的な強者であるという自信と、目の前にいるリクスがとても強そうには見えないという現実があったからだ。




「へっ。少しはやるようだな」




 ブロズは、心の奥底にわきかけた恐怖を誤魔化すように、不敵に笑う。


 


「何が?」




 リクスは、平然としつつ答える。


 まるで、自分が今行ったことが、普通のことだとでも言うように。




「ちっ。舐めやがって」




 ブロズは額に青筋を浮かべた。


 だが、すぐに落ち着いて冷静に状況を分析しつつ、倒れたエナの方をちらりと見た。




(エナを倒したのは刃折れの剣。しかも、今の衝撃で刀身にヒビが入ってる。あの剣は、もう使い物にならない。サルムってヤツも虫の息だし、二対一を心配する必要もない! つまり相手は丸腰だ!)




 ブロズはリクスの方を今一度見て、ある違和感を覚えた。


 リクスは相変わらず丸腰で立っているが、それは構わない。


 だが、その足下がさっきより妙にスッキリしているような――




 そこまで理解して、ブロズは一歩下がった。


 有り得ないことに気付いたからだ。




「お、お前。サルムってヤツはどうした? さっきまでお前の足下に倒れていただろう?」




 いつの間にか、リクスの足下で倒れていたはずのサルムがいなくなっていたのだ。


 まるで、最初からそこには誰も居なかったかのように。




「サルム君は俺の魔法でお前の意識の外に追いやったよ。また嬲られでもしたら困るし」


「は……な、何を言ってやがんだ?」


「何って、そのままの意味だけど」




 ブロズは、理解が追いつかない。


 彼自身知るよしも無かったが、リクスはブロズの意識が離れた隙に“留守之番人イレース・ガード”をサルムにかけていたのだ。




 “留守之番人イレース・ガード”は超高レベルな認識阻害魔法。


 透明化とはまた違うのだが、普通の人ではそこにいることにすら気付けない。


 気付けるとすれば、術者であるリクスに近いかそれ以上の実力を持ったものだけだ。




 ブロズからすれば、何の前触れも無く人が1人消えたように見えている。


 その得体の知れなさが、彼の背筋を凍らせたのは言うまでもない。


 が、同時に平然としたまま自分に恐怖を与えてくるリクスに、かつてないほどの怒りを抱いていた。




「このやろぉ! 舐めやがってぇええええ!!」




 ブロズから魔力のオーラが迸る。


 荒ぶる風がブロズの周りに渦巻き、リクスの髪を掻き上げる。




「うぉおおおおおおお!」




 ブロズは、魔力を纏わせた剣を振り下ろした。


 迅速の剣が、一条の銀閃を残してリクスへ迫る。


 その刃がリクスに触れる直前に、リクスは前触れも無く後方へ飛び下がった。




「逃げるなぁああああ! クソ雑魚の分際でぇええええ!」


「一々吠えるとか、エネルギーの無駄遣いすぎない? もっと静かに戦えないの?」




 リクスは、足音軽く着地して空ぶったブロズを流し見る。


 その人を小馬鹿にしたような態度に、ブロズの頭はどんどん沸騰していく。




「ガキが調子に乗ってんじゃねぇ! ぶっ殺されてぇのか!」


「いや、全く」




 平然と答えるリクスへブロズが肉薄する。


 彼の振るう剣は、メチャクチャだった。


 剣技と呼べる洗練された美しい“技術”はなく、ただ魔力と腕力に任せた隙だらけの大振りだ。




 故に――リクスを捉えられない。


 薙ぎ払われる剣を右へ左へ踊るように躱し、胴を断つように振るわれた剣を仰け反って回避する。




「ゼェ……ゼェ……、クッソ! 当たらねぇ! 俺は序列38位のブロズだぞ! こんなことが――」


「はあ。自分を強く見せたいのはわかるけどさ、嘘はつかない方がいいと思う」


「嘘だと!?」


「だって、姉さんが1位だろうし……それに比べて弱すぎるというか。38位だったら、この5倍くらいは強くないと納得できないかな」




 リクスは、つまらなそうに答える。


 その間もブロズの猛攻は続いているというのに、避けながら話をするリクスの息は全く乱れていない。




 プライドが傷つけられたブロズの心に、焦りと恐怖が浮かんでいく。


 もう、怒りで誤魔化すことのできないほど、リクスに対する畏怖が肥大していた。




「ク、クソがぁああああああああああっ!」




 ブロズが吠える。


 その手に携えた剣に膨大な魔力が集い、類い希なる筋力を持って突きを放った。


 これ以上ないほど、パワーを込めた会心の一撃。




 ――が、そんな剣の腹を、リクスは右手で左側に押し出す。


 あまりの焦燥から、致命傷の攻撃を与えてはならないというルールすら無視した、頭部への突きが、あっさりと軌道を逸らされる。




「んなっ!?」




 驚愕に目を見開くブロズの懐に飛び込んだリクスが、左手でボディブローを放った。




「おっふ!」




 ブロズの腹部に衝撃が弾け、一歩、二歩と後ずさる。




「ば、かな……」


「さて。次は俺の番かな?」




 そう言って、リクスは床から折れた剣を拾い上げる。


 いつの間にか、エナが倒れた場所に誘導されていたのだった。


 


 ブロズは思い出す。


 そういえば、この男の攻撃のターンが、まだであったことを。




「行くぞ」




 そう告げたリクスが、霞むような速度で動いた。

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