第8話 サルムの夢、リクスの怒り

「き、君……どうしたんだよ、この傷」


「げほっ、ごほっ……リクス、君」




 苦しそうに顔をしかめながら、サルム君が俺を見る。




「あら。気絶してたんじゃないの? ああ、私が怖くて気絶のフリをしてたのね。きゃはは! だらしないの~!」




 キャピキャピお姉さんが、俺の方を見て何か言っているが、まったく耳に入らない。




「大丈夫だよ、この程度。僕は、まだ……やれる!」




 サルム君はよろよろと立ち上がり、魔法を行使するための杖――魔杖まじょうを構える。


 その視線の先には、例のゴリラ――たしかブロズと言ったか? がいた。




「へっ。情けねぇ。ちょっと蹴り飛ばしただけで吹っ飛びやがって。道端の石ころの方がまだ根性あるぜ」




 ブロズは、見下したようにそう言いながら、歩いてくる。


 ていうかコイツも蹴ったんか。見た感じ先輩2人とも魔法剣士なのに、足癖が悪いな。




 サルム君は杖の先に魔力を溜め、魔法を放とうとする。




「はぁ……、はぁ……“ファイア・ボール”」


「遅ぇええ!」




 火の玉が生まれ、ブロズへ飛んでいく前にブロズが動いた。


 サルム君の方へ一足飛びに近づき、膝蹴りを喰らわせる。




「っ! ガハッ!」




 何やら肋骨が折れたような鈍い音がして、サルムくんは血を吐きながらその場に蹲った。




「なぁ? まだ立てるだろ。続けようぜ試験。お前だってここに受かりたいんだろ? 受かるために来たんだろ?」




 ブロズは煽るように言う。


 


 サルムくんは全身ボロボロだ。


 万が一にも勝ち目はない。相手は残虐非道な大男だ。放っておけば、彼が気絶するか、自ら負けを認めるまで続く。




 先生が止めないのか?


 そう思うかも知れないが、あいにくとそんなことはないだろう。


 基本的に、怪我であれば治癒魔法で後遺症なしに治療することが出来る。




 これは姉さんから聞いたのだが、実技試験の担当者は、致死レベルや、即死攻撃でなければ何をしても構わないとなっている。


 そして、受験する側もそれは承諾した上で受験するのだ。




 サルムくんは激しい痛みに襲われているだろうが、致死レベルの傷はない。


 故に今の状況は、何の問題もないと判断されるのだ。


 だから俺は、サルムくんに諭すように言った。




「もういい。この男の挑発に乗る必要はないだろ。これ以上君が傷付くなんて――」


「いや……それでも、僕は受からなくちゃいけないんだ。妹と、約束したから……」




 震える脚で立ち上がるサルムくん。




「そんなに大事なの? ただの約束が」


「ただの約束じゃない!」




 語気強い彼の言葉に、俺は気圧された。


 血だらけなのに、その目は死んでいない。




「僕は……治癒魔法使いになるんだ。妹と一緒に、この学校を卒業して!」


「それが、君の夢なのか?」


「うん。普通の治癒魔法じゃ、病気には効果がないってことは知ってるよね?」


「あ、ああ……一応」




 治癒魔法は、どんな傷も治すが、病気には効かない。


 もちろん病気に効く治癒魔法も開発されているが、それを扱えるのは一握りの高位魔法使いだけだ。




「僕の家は、貧乏だった。父さんも母さんも、僕が幼い頃に病気で亡くなった。お金が無かったから、魔法薬を手に入れることも、病気を治せる治癒魔法使いに診せることもできなかった。だから僕は、病気も治せる治癒魔法使いになる! それで、妹と一緒に魔法病院を開いて……僕のような境遇の人を救うんだ!」




 だから、と震える手で魔杖を握る。


 


「おうおう、泣かせるねぇ。だがよ、治癒魔法使いを目指すヤツが、ボッコボコにやられてるって……くっははは! こいつぁ傑作だぜ!」




 ブロズは愉快に笑い飛ばす。


 そのまま、魔力を練り上げるサルム君の魔杖を剣で切り落とし、胸に傷を付けた。




「くっ!」




 パッと、血華が舞う。




「まだ倒れんなよ! 俺はこの試験が大好きなんだ! 合法の名の下に弱ぇクズをいたぶれるからなぁ!」




 声高に叫び、サルムくんを傷つける。


 彼の膝が折れ、倒れ込んでも、刃を振るうのをやめない。




 誰もそれを止めようとしない。


 ルールは守っている以上、ブロズが正義だからだ。


 気にくわないのは――そのルールを利用して、まるで楽しむようにサルムくんを痛めつけているブロズ。




 そのとき、俺の中の何かがぷつんと切れた。




「いい加減にしろよ、ゴリラ」




 俺は、ブロズを睨み挙げる。




「――あ?」




 ブロズの愉悦に満ちた表情が一転、俺を生ゴミでも見るような目で睥睨へいげいした。




 なんで、こんなクズの食い物にされなきゃならない。


 浅く呼吸を繰り返すサルムくんを庇うように立ちながら、俺は物思う。


 彼がこの学校を目指すのは――誰かを救うためだ。 


 俺のように、姉の臑をかじって生きるため……自分のためしか考えられないヤツとは正反対。


 まして、己が享楽のために剣と魔法を使うゴリラとは、比べるのも烏滸がましい。




 自分本位のクズの相手は、自分本位のバカがするのがお似合いだ。


 だから――




「俺が相手になってあげるよ。全力でかかってこい」




 俺はブロズに向かってそう言った。




「む、無茶だよ……リクスくん」




 サルムくんは、そう声をかけてくる。




「心配するなって。君は寝ててくれ。コイツは俺が潰すから」


「はぁ? 舐めてんじゃねぇぞクソが!」




 ブロズは苛立ったように言う。




「きゃははは! そうよ! あんたみたいな雑魚が粋がっているんじゃない――」


「あんたはちょっと黙ってろ。キャピキャピうるさい」




 俺は無造作に折れた剣を投げる。


 折れた剣は音速を超える速度で飛翔し、一切の対応を許さず、彼女のみぞおちにめり込んだ。




「――ぅ!」




 その一撃で、彼女は白目を剥き、あっさりとくずおれる。




「なっ!」




 その光景を見て、ブロズは目を剥いた。


 何を驚く必要があるんだろうか? こっちは手加減してやったのに。


 俺は、ブロズを睨み上げる。




 さあ、報復開始だ。

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