第86話 大会にかける思い

《三人称視点》




 クレメアVSシエンという恐るべき試合の後、Bブロックは二回戦に移行した。




(うぅ、緊張しますわ)




 控え室からステージへ向かう選手用通路を進みながら、サリィは気持ちを落ち着かせるように、自身の胸元に手をやる。




 一回戦のアリオスとの戦いは勝ち上がったが、その高揚感は今、彼女の中から失せていた。


 思い知ったのだ。


 この広い世界には、自分よりも優れた人間がごまんといることを。




 各校の代表者達が繰り広げる激戦。


 リクスとアルフの戦いに加え、控え室の魔法モニターから見ていたクレメアとシエンの戦い。


 そんな各上達の戦いは、彼女の心を大きく突き刺した。




(入学前のワタクシが、いかに自分がたいしたことのない才能に溺れていたか、今ならよくわかりますわね)




 サリィは小さくため息をつく。


 しかし、この劣等感を糧にできるか、それとも潰れてしまうかで自分の行く末は変わる。


 


 彼女には、リクス=サーマルという名の、憧れの英雄がいる。


 すぐ近くで活躍を見てきた彼の隣に立っても、恥ずかしくない人間になりたいと思う。


 だから――彼に、少しでも近づくために。




(負けるわけにはいきませんわ。たとえ、相手が格上であったとしても)


 


 震える心を叱咤し、彼女は足を大きく踏み出す。


 その足の裏が、暗い通路の陰から、光差し込むステージを踏みしめた。




「――あなたが、私の相手ね」




 ステージに立ったサリィに、対戦相手が声をかける。


 どこか甘ったるい声の彼女は、緩いウェーブのかかった桃色の髪と、金色の瞳を持つ女子だった。




 その人を、サリィは学校内で何度か見かけたことがある。


 なんとも動きにくそうなほど、胸が大きい人だと思っていたからだ。


 サリィは知るよしもないが、その戦闘力はメガネのお姉さんこと、エリスと同格。


 サリィの一つ年上にして、まさに発育の暴力を無言で主張してくる人だった。




「まさか、あなたと手合わせしていただけるとは思いませんでしたわ。エルナ先輩」


「あら。そんなかしこまらなくてもいいのよ。もっと肩の力を抜いていかなくちゃ」




 ごくりと唾を飲み込むサリィに対し、エルナはゆったりと微笑む。




 エルナ=ラナッツ。


 二年Bクラスにして、学内序列17位の生徒だ。


 本来、二年Sクラスにいてもおかしくない逸材なのだが、彼女がBクラスにいるのは理由がある。




 一つは、一年時Dクラスという決して優秀でないラインにいたものの、ラストの方からメキメキと実力を伸ばし、二年時にはBクラスに昇格したこと。


 そしてもう一つは、すぐにSクラスへの昇級の声がかかったが、特進クラス用の追加講義が面倒くさいから辞退したというもの。




 マイペースを地で行く彼女は、しかし実力が読めない。


 それでも、ここまで上り詰めたことは事実なのだ。




(必ず、勝つ!)




 サリィは目の前の相手を見据え、決意を固める。


 そんな彼女を、エルナは瞳を細めて見つめており――




「それでは、Bブロック第二試合開始!」




 その合図が響き渡ると共に、サリィは弾けるように動いた。




 “身体強化ブースト”を上乗せした脚力で、真っ直ぐに彼女の懐へ飛び込む。


 本来であれば、各上相手に真正面から飛び込むのは愚策。


 しかし、彼女がそれを選択したのには理由がある。




 一つ目は、開始の合図時点で、エルナは右手をなどをこちらに向け、魔法を使う素振りを見せていなかったこと。


 そしてもう一つは、彼女が剣を持っていなかったことだ。




 剣での迎撃は有り得ない。


 となれば、遠距離に強い魔法職であり、なおかつ準備をしていないから初動も遅れる。




(だから、彼女が魔法を撃つ前にケリをつけますわ!)




 一息に駆け抜けるサリィ。


 2人の距離は一気につまり、サリィが抜いたレイピアの間合いに入る。




(これでワンヒットは確実――!)


「あら、読みが少し甘いんじゃない?」


「!?」




 サリィの顔が曇る。


 思わずエルナの顔を見ると、彼女は「面白いように釣れたわ」とでも言いたげに微笑んでいた。


 そして、彼女の背中から音が鳴り、扇状に羽のようなものが広がる。




 それは――剣。


 彼女の背中で一束にまとめられ、サリィからは見えない位置に隠されていた7本の剣。




(しまっ――罠!)




 ゾクリと、全身のうぶ毛が逆立つ。


 サリィは”ウィンド・ブロウ”の魔法を右側にありったけの魔力を込めて連写する。同時に右足を地面に踏みつけ、強引に軌道を変えた。




 刹那、エルナの背中から生える刀が消えるような速度で射出され、さっきまでサリィがいた場所を襲った。




「あら。逃がしちゃったわ」


「くっ!」




 靴底をすり減らしながら地面を滑って勢いをころすサリィは、エルナの方を睨む。




 彼女の周囲には――淡い金色の光を纏う、七本の剣が浮いていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る