第85話 クレメアを下す者は。

 その後、およそ二時間半をかけて各第一回戦の全12試合が終了した。




 サリィとアリオスのリベンジマッチは、またもサリィが白星を挙げる結果となった。(ちなみにアリオスは「サリィ嬢に倒されるなんて、ありがたき幸せ! もっとこの愚者を踏みつけ罵倒していただけると嬉しいです……ハァ、ハァ!」と、ヤバい方向で危険域に突入していた)




 そんな感じでサリィも俺も勝ち上がったわけだ。


 というか、一回戦は知っている人の大半が勝ち上がった。リーシス先輩にエレン先輩、あと一応クレメア先輩も。(元々失礼には失礼で返す性格だから呼び捨てだったのだが、いろいろあって悪い人じゃない感じがしたから、今はそこそこ敬意を払っているのだ)




 そして、午後から始まった二回戦第一試合。


 俺の相手は、ワードワイド公立英雄学園の癖強な三年男子。




「ふっ。ミーの相手はキミかい? 噂は耳に聞いてるよ。凄く凄いスペシャルなキミは、噂になってるからね。でもミーは負けない。必ずキミに勝って勝利を収めてみせ――」


「試合開始!!」


「てい!」




 何やら言葉遣いがおかしいお喋りな対戦相手に向けて、開始早々俺之世界《オンリー・ワールド》を起動。


 自分を中心にした絶対防壁がステージ上を擦るように拡大・波及し、格好付けて口上を述べている相手に激突して吹き飛ばす。




「あぎゃぁああああああああ!?」




 開始0秒で彼は地面と水平にカッ飛んでいき――ステージの端を飛び越えて観客席の下にある石造りの壁にめり込んだ。




「じょ、場外! リクス選手の勝利!」




 実況の男性の声が、朗々と響き渡る。


 これで手堅く二勝。Aブロックは残り一試合。人数の関係で三つ巴の最終戦を行った後、Bブロックの代表と渡り合うことになる。




「とはいえ、決勝の前にはあのリーシス先輩が控えてる。順当に行けば次の最終戦でぶつかるからな。剣を温存できてよかった」




 まあ、リーシス先輩相手なら魔剣くらい使ってもいいのだろうが。




「それにしても――」




 ステージから退場し、通路を歩きながら俺は先刻のことを思い出す。




 ――「気をつけてね。この大会、とんでもない子が1人紛れ込んでいるから。あなたに、彼女が倒せるかしら」――




 あの巨乳でメガネで医者のお姉さんの言葉が耳にこびりついている。


 


 彼女とは一体誰のことなのか?


 そもそもあの美女の正体も気になる。ただの医者と言っていたが――果たして本当にそうだろうか?




 なんとなく気になり、俺は控え室で休むつもりで歩いていた方向を変えると、観客席へ向かった。


 その、“彼女”とやらの正体を確かめるために。




 ――その“彼女”らしき人物は見つかった。




 Bブロック二回戦第一試合。


 クレメア先輩の出る試合だった。




 《流星》の異名を持つ彼女は、上級魔法フレイム・メテオによる範囲攻撃と、それに織り交ぜた五つの燃える遠隔制御ナイフを操ることで、絶え間ない攻撃を得意としている。


 これを捌くのは、そこそこの技量が要求されるのは事実だ。




 そんな彼女の相手をするのは、華奢な少女だった。


 たぶん、俺と同じ一年生だろうか。


 紫のメッシュが入った銀髪に、紫炎色の瞳。


 


 だが、その瞳は鮮やかな色の割に氷のように冷たく、まるで何かを諦めたような顔をしている。


 機械仕掛けの人形のような儚さと不気味さを併せ持つその小さな身体から、俺は異様な気配が発せられるのを感じた。


 と。




「それでは第二試合――はじめ!!」




 実況の男性が高らかに叫ぶ。


 第二試合開始の合図だ。




「悪いけど、全力でいかせてもらうわ! 火を統べる陽魔の王よ、我が声に応えよ、紅き驟雨となりて大地を穿て――“フレイム・メテオ“!!」


 


 瞬間、出し惜しみはしないとばかりに、クレメアが動いた。


 青空を覆うように展開される真っ赤な魔法陣。そこから、大量の火の玉が降り注ぐ。


 


 それはまるで、流星群のように視界を赤く埋め尽くし、真下にいる少女へと差し迫る。


 その火力の暴力に、少女の身体はいたぶられる――ことはなかった。




「え」




 そのとき、どれほどの人がそれに気付けただろう。


 気付けば、クレメアが倒れていた。


 ほんの瞬きの間に、彼女はクレメアの背後に立っている。




 あまりに不可解で、観客は歓声を上げるのも忘れていた。


 不気味なほど静まりかえった会場。


 少女はただ、その中心で立ち尽くす。




 観客席の一番後ろで立ってその様子を見ていた俺は、僅かに息を飲んだ。。


 俺は見た。彼女の動きを。


 流星が当たる直前、彼女の身体が霞むように前進し、行く手を阻むいくつかの流星をで叩き落とした。


 そして、クレメアとすれ違い様に、首筋に手刀をたたき付け、あっさりと意識を刈り取ったのである。




「あの剣は……」


「やっぱり、弟くんも気付いたようだね」




 いつの間にか俺の横に立っていたエレン先輩が、神妙な面持ちで呟く。




「ウチも、君の他に初めて見るかもしれない。天然物の、魔剣使いを」




 エレン先輩は目を細める。


 確か彼女もBブロック。とすれば、次の二回戦を勝ち上がれば、必然的に彼女にあたるわけだ。


 今、彼女は戦慄と共に覚悟を入れ直しているところなのだろう。




 そして――俺は確信する。


 この少女が。この少女こそが。


 爆乳お姉さんの言っていた“彼女”であるのだと。




「え、えぇと……クレメア選手戦闘不能。よって、勝者はワードワイド公立英雄学園一年、シエン=マスカーク!」




 シエンと呼ばれたその少女は小さな身体を折り曲げて、礼をする。


 そのとき俺は、彼女がこの大会の中核を担うような、そんな気がした。

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