第87話 サリィVSエルナ

《三人称視点》




「こ、これは……」




 サリィは、ごくりと唾を飲み込んだ。


 目の前に浮いている、薄黄金色の剣を見て。




「そんなに驚くことはないんじゃない? 思念を飛ばして操作する、遠隔制御アイテム、“飛翔光剣フラガラッハ”。あなたも、これと似たようなものは知っているはずよ」


「序列4位 《流星》のクレメア先輩ですわね……」




 彼女は、“フレイム・メテオの絨毯爆撃の他に、炎を纏ったナイフを操って攻撃している。


 彼女の“飛翔光剣フラガラッハ”も、それと同系列のものだろう。


 剣に魔法を付与しておき、思いのままに操る魔法剣。




 こいつの強みは、攻撃の距離とタイミングを自由自在に操れることだ。




「厄介ですわね」


「それはお互い様」




 エルナは薄く微笑む。


 直後、“飛翔光剣フラガラッハ”がギュンと角度を変えて、突っ込んで来た。




「くっ!」




 咄嗟に身体を捻って回避するサリィ。


 一瞬前いた場所の地面に、数本の鋭い剣先が突き刺さる。


 同時にサリィは、右手をエルナへ向け。




「風魔よ、烈風の戦鎚を放て――“ウィンド・ブラスト”」




 矢継ぎ早に唱えるのは、彼女が得意とする風属性魔法。


 ぶわっと烈風が渦を巻き、一直線にエルナへと迫る。――が。




「おっとっと」




 エルナが口調だけは慌てたような様子を見せて、両手をクロスさせるように振り下ろす。


 直後、ガキィンと響く轟音。


 クロス字に展開された“飛翔光剣フラガラッハ”が、風の戦鎚からエルナを守った音だった。




「今度はこっちの番」


「!?」




 サリィは“身体強化ブースト”で強化した足を使って、数メール飛び下がる。


 直後、虚空を穿つ大量の剣。


 


(ちぃっ! これではきりがありませんわ!)




 足下をすくうように低空飛行で突っ込んで来た剣を、ジャンプして避けながらサリィは歯噛みする。


 完全に防戦一方だ。




 複数の剣が四方八方から襲ってきては、こちらは避けるしかない。


 隙を見て攻撃魔法を放っても、防御に回した二本の“飛翔光剣フラガラッハ”に防がれる。




(遠距離戦では、手数も威力も勝ち目はありませんわ……)




 なるべく近づきたいのに、サリィの眼前を薙ぐように飛翔する剣が襲いかかり、彼女は一歩身を引く。


 今や、エルナとの距離は戦闘開始時よりも開いていた。


 まるで意図的にサリィを遠ざけているように、近づけない。




「……ん?」




 そのとき、サリィは気付く。


 この戦いに仕組まれたカラクリに。




(そうか。ここまで執拗に“飛翔光剣フラガラッハ”で攻撃してくるということは、ワタクシに近づかれたくないということ!)




 思えば、さっきの「それはお互い様」という台詞もひっかかる。


 まるで、彼女もサリィのことを面倒くさい相手だと思っているようではないか。


 ならば――何が厄介なのか?




(彼女の遠隔制御の腕はずば抜けている。でも……彼女自身は剣を持っていないし、何より魔法も撃ってこない!)




 おそらく、この“飛翔光剣フラガラッハ”こそが彼女の切り札。


 それまでは平凡以下だった成績を一気に押し上げた、カラクリ。


 だから、魔法使いよろしく、接近戦には弱い。だから、彼女はまず接近攻撃を封じたのだ。


 


 そんな彼女が、サリィを厄介な存在だと断定した。


 そう思われた理由は……自分の強みとは、何だっただろうか?




(ワタクシの強みは、風属性魔法と、レイピアを用いた高速戦闘ですわ。ならば、その強みを限界まで伸ばせば!)




 そのとき、サリィは背筋が凍る感覚を覚えた。


 見れば、“飛翔光剣フラガラッハ”の五本の剣先が、四方から取り囲むようにサリィへ向けられている。




「少し、期待していたのだけど……案外そんなことはなかったかしら」




 遠くでエルナが嗜虐的に笑みを浮かべ、掲げた右腕を振り下ろす。


 それに併せて、“飛翔光剣フラガラッハ”がサリィめがけて突っ込み――




 ――サリィはその周囲の剣を見据えながら、肺に残った空気を一気に吐き出した。




「風魔よ、我が身に烈風を纏え――“エア・ブースター”!」




 刹那、サリィは地面を後ろに蹴った。


 彼女の華奢な身体が霞と消える。


 少し前に彼女がいた場所を、五本の剣が虚しく通り抜ける。




 “エア・ブースター”。


 それは志向性を持った風を全身に纏い、速力を上げる風の“速さ”を応用した魔法。


 突風と身体強化が上乗せされ、サリィの身体は音の壁すら突き破って、弾丸のように進む。




「なっ!」




 驚いたエルナは咄嗟に二本の剣でガードするが。




「ふっ!」




 サリィはレイピアの切っ先を、交差した二本の剣の腹にたたき付ける。


 運動エネルギーを孕んだ猛烈な威力の一撃がレイピアの切っ先から放たれ、魔力で強化されている二本の剣が真っ二つに砕け散る。




「っ!?」




 そして――趨勢は決した。


 あまりの威力で突進した方のレイピアも切っ先が折れ、刃がなくなったその先端が、勢いのままにエルナの鳩尾へと突き刺さる。


 エルナはあっさりと意識を失い、ステージの上を何度もバウンドしながら転がっていった。




「はぁ、はぁ……か、勝ちましたわ」




 サリィは肩で息を吐きながら、頬を紅潮させて呟く。


 


「勝負有り。勝者、サリィ=ルーグレット選手!」




 高らかに響き渡る実況の声と歓声を耳にしながら、彼女は清々しい気持ちでいた。

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