第88話 カオスな一時

《リクス視点》




 大会一日目は、当初の予定通りA、B両ブロック共に第二試合までを行い、幕を閉じた。


 24人の勝ち抜き戦の第一試合で半分が脱落。12人で第二試合を争い、更に半分が脱落した。




 両ブロック共に、勝ち残ったのは3人ずつ。




 Aブロックは、俺とリーシス先輩、そして同じ学校の三年代表、アダムス=アサルトという男子生徒である。




 Bブロックは、大健闘のサリィとエレン先輩。そして――この大会の台風の目になる予感がする人物が1人。言わずもがなシエンだ。




 以上の6名が明日の午前、それぞれ三つ巴の戦いを行い、勝者一名ずつが午後に行われる決勝戦へとコマを進める。




 本日の戦いは前座みたいなものなのだが、正直味気ないと言わざるを得なかった。


 その理由は単純明快。


 桁外れに強い人が多すぎるのだ。




 俺はまあ、入学当初いろいろやらかして、普通の人より強いことは自覚している。


 だから、本気を出して相手を2人ほど瞬殺してしまう結果になったのだが。




「それにしたって、今日のはなぁ……」




 端から見たら、もの凄く味家のない試合の連続だったように思う。


 何しろ、リーシス先輩も、エレン先輩も、相手を瞬殺して勝ち上がってきたのだから。


 実力の一端すら垣間見せていない。明確な戦闘を語ろうにも、試合開始と同時に剣を振ったら勝っていた、みたいな感じである。




 まあリーシス先輩が桁外れに強いことは知っているし、エレン先輩も姉さんが認めるほどの腕を持つ現役副騎士団長だ。


 何もおかしなことではないのだが――本気を出していないのは事実だ。




 で、そんな本気を出していないから疲れてもいないはずの彼女たちは。




「いや~。今日は激しい運動をしたから、お腹ぺこぺこだよ。あ、これおかわりしちゃおー」


「うむ。流石に手強かったな。余も、失った分のカロリーをしっかり摂取せねば」




 俺は、目の前に広がる光景を見ながら、ため息をついた。


 一日目が終わり、今は夕食の時間。


 明日試合を行う勝ち上がったメンバーは、大会主催者側の計らいで近くのホテルを無料で利用できるようになっている。


 そう。メルファント帝国の限られたブルジョワ達しか使えない、超高級ホテルを無料で。




 当然、そのホテルの食堂で出される食事は一級品。おかわりも自由。こんな機会は、まず滅多に訪れない。


 そんなわけで。


 対して動いてもいない先輩2人は、「大会で動き回って腹がぺこぺこ」という大義名分いいわけの元、出された料理を片っ端から吸い込んでいた。


 テーブル中央の大皿に盛られた料理を、片っ端から取り皿に盛っていく。


 まるで、「今日は運動したから少し食べ過ぎても問題ないよね」と自分を納得させるように。




 奥まで続く長テーブルにかけられた純白のテーブルクロスを汚すんじゃないかとひやひやする勢いでかっ込む2人。


 片や王国の騎士。片や帝国の姫君。


 楚々とは無縁のはずの2人が、美味しすぎる料理に我を忘れている。




「まだおかわりはあるか、おかわりを要求する!」


「ははは。デザートは別腹って言うけど、本当にいくらでもお腹に入るな」




 がつがつむしゃむしゃパクパクと。


 2人は実に幸せそうに料理を食べ続ける。明日辺り、体重測定用の魔道具に乗った2人の顔が凍り付かないことを祈るばかりだ。




 そんな2人の横では、無心とばかりにアダムス先輩が食事を取っている。


 大柄で彫りの深い顔をした、黒髪黒目の男だ。


 が、その威圧感とは裏腹にもくもくと食事を続けている。フォークとナイフの持ち方まで完璧であり、上品に口元をナプキンで拭ったりなんかしちゃったりして――




「あれ。なんで本物の王族より気品があるんだ、この先輩は……」




 カオスな光景を前に、俺は若干目眩を覚えていた。


 そして、それに拍車をかけるように――




「なあ、マクラ」




 俺は、ジト目で横を見る。


 隣では、12歳くらいの女の子の身長で顕現したマクラが、猛烈な勢いで食事を頬張っていた。


 それこそ、前の2人に負けないくらいの勢いで。




「お前、ちょっと食べ過ぎじゃね?」


「……」


「そんな食べたら太るだ――」




 そう言いかけたところで、食べる手を止めずにマクラがキッと俺を睨んできた。


 なんだか知らないが、さっきから彼女の機嫌が悪いのだ。


 


「ま、マクラさん。そんなに急いで食べたら、喉に詰まりますわよ」




 マクラを挟んで隣の席に座っていたサリィが、ナイフを置いてマクラに忠告する。




「……へーき。ただのやけ食いだから、気にしないで」




 マクラは死んだ瞳でそう投げやりに言って、食事を続ける。


 と、不意にその手が止まる。


 彼女の視線は、テーブルの中央に置かれているお皿に注がれていた。




 それは――フルーツの盛り合わせだ。


 彼女は無言でその果物の山を見つめたあと、不意に両手を伸ばしてスイカを二つ抜き取った。




 一体どうしたんだろう? そんな風に首を傾げる俺とサリィの前で、マクラはいきなりワンピースの胸元をぐいっと力任せに広げ出したではないか。




「!? え、あの……ま、マクラさん!?」




 慌てたように叫ぶサリィを無視し、マクラはワンピースの中へスイカをぐいぐい突っ込んでいく。


 そして――彼女の胸元には、二つの巨大な塊ができあがった。




 薄いワンピース生地を、巨大な球体がぎちぎちと押し上げている。




 それは、幼い見た目の少女が持つには、あまりにも不釣り合いな光景で――




「あ、あのマクラさん? そういうのがコンプレックスになってくるお年頃なのかはわかりますが、それはいろいろと高望みというか、分不相応という感じが否めないんですけど」




 冷静に判断し、怒らせないように敬語で下手に出たつもりだったのだが。


 何が逆鱗に触れたのだろうか。




「っ!」




 マクラは顔を真っ赤にし――バシィッと容赦ない平手打ちをしてきた。


 その勢いで俺の身体は座っていたイスごと後ろへ倒れ込む。




「り、リクスさん!? 大丈夫ですの!」




 慌ててサリィが助け起こそうとしてくれる。


 俺は、伸ばされた手を掴みつつ、小さくため息をついて覚悟を決めた。




 うん、たぶん俺はこのカオスの塊のような空間にいるべきじゃない。


 速やかに撤退しよう。

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