第67話 怒りの矛先

 ――時間は流れ、昼。


 午前中の熱いぶつかり合い(サリィの出番以外は寝ていて見てないから、あくまで予想だが)は終わり、昼休憩の時間に突入した。




 サリィは二回戦い、手堅く勝利を収めた。


 これで3試合白星を飾り、残り半分といったところか。


 アリオスが「流石はサリィ嬢です! 感服しました!」などと感動にむせび泣いて、取り巻きのように侍ろうとしていたが、サリィは全力で止めていた。




 その瞬間は悲しそうな顔だったが、すぐに「サリィ嬢の仰せとあらば、不肖アリオス、謹んで承ります」と言って、幸せそうな顔でどこかへ行ってしまった。




 まるで忠犬である。


 


 そんなこんなで、俺はいろんな意味で健闘したサリィを連れ、フラン、サルムと共に食事に洒落込もうとしていた。


 今日は珍しく弁当を持ってきていないので、どうせならと全員で学食へ行くことにした。




「うわぁ~広い」




 食堂に着いた俺は、思わず感嘆の息を漏らした。


 管理棟7階(最上階)のフロアを全て使用しているそこは、以前全校集会で利用した講堂に引けを取らないものだった。




 全面がガラス張りで、王都の街が一望できる。


 その奥には、メルファント帝国との国境に沿って鎮座する、ラマネー山脈が青々と広がっていた。




「まあ、学生や教職員も利用しますからね。当然全員は入りきりませんが、2000席近くは確保できるよう設計されているようです」




 フランが丁寧に補足説明してくれた。


 食堂内には既に、何百人という生徒が押し掛けていて、陣取り合戦を繰り広げているところもあった。




 こういうのって、暗黙の了解で学年ごと利用するゾーンが限られてたりするんだよな。


 もし上級生御用達の場所に座って絡まれたりでもしたら、面倒そうだ。


 俺達は慎重に席を選び、近くに一年生が座っている場所に陣取った。




 隣で黙々と食事をしていたカップルらしき一年生のペアが、イスを一つ挟んで隣に座った俺を二度見してきた。


 な、なんなんだよ……そういえばさっきもなんだか避けられていたし、英雄効果だったりするんだろうか。




 一人が好きとはいえ、こうもあからさまだと逆にメンタルにくるものがある。


 俺は席を確保すると、肩を落としつつフラン達と共に食事を買いに出掛けた。




 ――食堂には、お店がいくつかある。


 簡単に言うと、麺類やご飯ものなど、種類によって分けているのだ。


 他にもパンやジュースを売る売店があり、混雑を緩和する工夫が成されていた。




 俺は、日替わり定食500エーンを購入。


 ご飯に卵スープ。野菜と小エビのフライが三つついた豪華セットだ。


 しかし、これで500エーンというのもなかなか痛い出費である。


 未来のニート生活のための貯金を切り崩しているのだから、こちらとしては血涙を流したい気分だ。




 定食の乗ったプレートを抱えて席に戻る。


 既にフラン達は受け取った料理を手に談笑していた。


「お待たせ」と告げ、俺は少し急いで席に座る。




 フランが頼んだのは、サラダ麺。


 細い麺に、トマトやキュウリなどの野菜を載せ、酸味の利いたスープをかけた女性に人気の一品だ。




 サルムもまた草食系男子といった具合で、カボチャやナスが載った野菜カレーを頼んでいる。




 サリィは、ブランド鳥、コケコッコー鳥のもも肉のコンフィをメインディッシュにした、簡易コース料理を頼んでいる。


 つかこの学校コース料理まであるのかよ。




 流石は貴族も利用する学校といったところか。




「「「「いただきます」」」」




 俺達はそれぞれの頼んだ料理に手を付け、食事に洒落込むことになった――のだが。


 ふと、俺の前に人影が割って入って、フライを食べようとしていた俺の動きが止まった。




「な、ちょっといいか?」




 そいつが、俺の顔を除きこみつつ聞いてくる。


 ちらりと襟を見ると、ラインが三本。どうやら、三年生の男子みたいだ。


 それだけではなく、後ろの方にも人影がある。たぶん、同じ三年生の女子生徒だ。


 まさか、知らぬ間に三年の席を占有していたか? 


 面倒なことになったと思いつつ、俺は男子の先輩に問いかけた。




「何か用ですか?」


「ああ、用だ。お前リクスだよな? この間俺達から




 赤い髪を逆立たせた、鋭い瞳の好戦的なその先輩は、はちきれんばかりの鍛え上げた肉体を誇示しつつ、威圧してきた。




「特別選抜枠……あぁ~、つまり先輩達は、元々選抜枠の候補者方々ですね」


「っ!」




 一体何が気に入らなかったのか。


 その先輩は額に青筋を立て、俺の胸ぐらを掴み上げた。


 フライが文字通り飛翔フライして、皿の上に落ちる。




「ちっ。ねぇヨウくん。この後輩ムカつくんだけどぉ」




 後ろにいる、下マツゲの長いぼさぼさの金髪の女子生徒が苛立ち混じりに吐き捨てた。




「ああ、そうだなクレメア。俺も今まったく同じ事を考えてたよ」




 蛇をも睨み殺す眼力で、俺の首を締め上げるヨウと呼ばれた先輩。


 俺は黙ってそれを受け流していると……やがてヨウは、俺の襟から手を離し、乱暴にイスへ投げた。




 気管が解放され、酸素を求めてむせぶ俺。




「ちっ。なにコイツ。「ロータス勲章」なんて貰うからどんなに強いヤツなのかと思ってみれば、とんだ腰抜けじゃない」




 クレメアは舌打ちが趣味なのか、パサついた声でそんなことを言った。




「お前。襟を捕まれておいて、ここまで侮辱されて、よくそんな平然としていられるな? いや、そうすることしかできねぇのか。所詮、勇者の威光を借りるだけの一年坊主だもんな」


「ちょっ! そんな言い方はあまりに失礼ですわ!」


「そうですよ!」


「今の台詞、取り消してください」




 サリィ達は我慢ならなくなったのか、反撃に出る。


 が、相変わらず何処吹く風な俺を一瞥すると、ヨウは口を真横に裂いて嗤った。




「げっはは! いいねぇ、その友情。いや、傷の舐め合いか? お前達の尊敬するリクス(笑)は、売られた喧嘩も買えねぇ雑魚ってことさ。なぁ?」




 ヨウは、俺に意見を求めてくる。


 が、俺は何も答えない。ていうか、答えるのが面倒くさい。


 そうしている間に、料理が冷めてしまう。




 俺は卵スープの入ったお椀を手に取り、平然と食事を再開する。




「……テメェ!」




 そのとき、ぶち切れたヨウが、スープのお椀を叩き落とした。


 べしゃりと音がして、卵スープが制服にかかった。


 その勢いのまま、今度はプレートをひっくり返される。ご飯とフライが宙を舞い、俺の頭の上に落ちた。




「おい。テメェ少し調子に乗ってんじゃねぇのか? 無視したあげく、そのまま食事再開かよ――」


「調子に乗ってるのはお前だろ」


「っ!」




 俺は、声のトーンを落してしゃべりかける。


 ただならぬ気配を察したのか、ヨウとクレメアが一瞬怯んだように見えた。




「は、はは……ようやくその気になったか。流石に料理ぶっかけられて、怒らないはずねぇもんな。はじめっから怒れよ。本気のお前をねじ伏せてやるつもりで、俺達は来たんだからよぉ……」


「払えよ……」


「あん?」




 俺は、カッと目を見開き、犬場をむき出しにしてヨウの胸ぐらにつかみかかった。




「お前、ちゃんと払えよ! 日替わり定食500円と制服のクリーニング代!!」




 その怒りの叫びが、食堂中に響き渡る。


 談笑していた周囲の生徒達が、一斉に黙ってこちらを向いた。


 その静まりかえった食堂内で。




「「……は?」」




 何か、想定外の反応を目の当たりにしたとでも言いたげに、ヨウとクレメアは掠れた声を上げた。

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