第132話 エルザの憂鬱

《三人称視点》




 ――時は、少しばかり遡る。


 リクスとシエンが、互いに決勝を戦っている頃。




「まったく。不愉快ったらありゃしないわぁ」




 白髪にルビーのような赤い眼をした、美しい女性が、はぁとため息をついた。


 見るからに不機嫌。


 しかし、吐息からは甘く香しい香りがして、彼女を見慣れぬ者にとっては、むしろ妖艶にも映るその美女の正体は、エルザ=サーマル。




 リクスの実姉にして、現ラマンダルス王国の勇者だ。




 彼女は今、騎士団の面々と共に王都中心部にある、とある路地にいた。


 少し前に、大規模な敵の研究施設が、あろうことかラマンダルス王立英雄学校の敷地内から見つかった。




 それを皮切りに、敵の掃討作戦が行われているのだ。


 まさか、王都の中心街近くに、まだ大規模な研究施設が残っていたなんて。王国の目も節穴すぎて呆れてくる。




 三つ星レストランの厨房にネズミが巣を作っていたくらいの、管理の杜撰さだ。


 


「まったく。貴方たち騎士団は、これまで何をしていたのかしらぁ?」


「ははは。そう言われると、弁解のしようもないですね」




 エルザのジト目を受けて、一人の青年が頬を掻いた。


 深緑色の髪をうなじあたりで括った、優男だ。


 身体は細身ながらも肉付きがよく、琥珀色の瞳にはイマイチ何を考えているのかわからない、底の見えない色が浮かんでいる。




「我々も警備は厳しくしているのですが、灯台もと暗し。もっとも安全だと思っている場所こそ、悪意の温床になったりするものです」


「それをそうさせないのがあなたの仕事でしょう~? 騎士団長?」




 エルザは、冷めた目線を青年――騎士団長ラクロスに向ける。


 


「相変わらず手厳しいですね」


「当然でしょう? 騎士団のお膝元で好き勝手許しているのだから」


「確かに、我々の怠慢は認めましょう? ですが、あなたも自分のことを棚に上げない方がよろしい。生徒会長であり、勇者でもあるあなたが、学園の地下で肥大化していた施設に気付かなかったのだから」


「そうね。それは否定できないわぁ」




 エルザは忌々しげにそう答える。


 確かに、ラクロスの発言に異を唱えることはできない。


 一ヶ月前の件、エルザは怪しいと思いつつ、決定的な尻尾を掴めずにいたのだ。


 今思えば、王都中で構成員が暴れていたのも、エルザやエレンの目を引き付ける陽動だったのではないかとすら思えてくる。




 そして、エルザは見事に敵の術中に嵌まってしまい、何もかもが後手に回った。


 幸い、敵の最高幹部と幹部一名ずつを捕縛でき、今まで膠着状態だった《神命の理》との小競り合いの風向きも一気にこちら側へ傾いたが、その流れを作ったのはエルザではない。




(相変わらず、やる気のない振りして優秀な弟なのよねぇ。もういっそ、リクスちゃんに勇者の称号明け渡しちゃおうかしら)




 本人が聞いたら発狂しそうなことを平然と思いながら、エルザはラクロスを流し見る。


 視線に気付いたラクロスが、イケメンオーラを振りまくように微笑んだから、エルザの頬が朱に染まる――なんてことはなく、額に青筋が立った。




 実は、エルザはこの男のことが嫌いだった。


 失敗を責められてものらりくらりと追及をかわし、その場限りで生きているような適当さ。


 しかし剣の腕は確かで、部下の面倒見もよく、一見非の打ち所がないから部下には慕われている。


 女性騎士の中には、彼に少なからず憧れや好意を抱く者もいた。




 しかし、エルザにとっては(この胡散臭い男のどこがいいの?)という感じである。


 そう。読者の皆さんはご存じだろうが、彼女はリクスにベッタベタのブラコン。


 そうでなくとも、あまり人には心を開かないタイプなのである。




 つまり、どんな女性もイチコロであるラクロスの微笑みも、エルザを苛立たせるだけなんのだ。




(それに、なんだかいけ好かないのよねぇ。腹の底が読めないっていうか、一体何ヲ考えているのかしら)




 優秀であり、非の打ち所がないように見えるが、その実腹の中では何を抱えているのか皆目見当も付かない。


 それが何よりも気持ち悪かった。




「さて。それじゃあそろそろガサ入れしましょうか」




 懐中時計をチラッと眺めたラクロスが、エルザと騎士達を見まわして言う。




「ええ、さっさと終わらせましょう。リクスちゃんの晴れ舞台の応援に行けなくなった腹いせをしてやるわぁ」


((((不機嫌だった理由、それだったのかよ))))




 てっきり、騎士団の怠慢に怒っていたと考えていた騎士達の胸中は、その瞬間見事に一致したのだった。


 

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