第35話 一難去って……
《リクス視点》
俺は、溜飲が下がると同時に歓喜に満ちていた。
バルダをボッコボコにしてしまったのは、ちょっとやり過ぎたかもしれないと思うが、友達を傷つけてくれたんだからそれ相応の対価は払って貰わなきゃ。
それにこれは、俺が退学するための必要経費である。
悪いなバルダ。俺のニート自由ライフのために、人柱となってくれ。
俺はそんなことを思いながら、心配そうにこちらを見ているフラン達の方へ近寄っていった。
「平気か?」
「はい、私達は大丈夫です。でも、サリィちゃんが……」
「わかってる。すぐに治療するさ」
フランとサルムを拘束している土の呪縛を、剣で切り払い自由にする。
どうやら拘束された以外に、攻撃を受けてはいないらしい。目立った外傷はなかったので、そのままサリィの方へ向かった。
「悪い。痛い思いをさせたな」
「へ、平気ですわ」
口ではそう言うが、やせ我慢だということはすぐにわかる。
相当なダメージを負っているようだ。
「すぐ治療してやる……“ハイ・ヒール”」
サリィの身体に手を置き、中級に分類される(と最近知った)無属性回復魔法をかける。
「当たり前のように、これも無詠唱なのですわね」
「え? うん、そうだけど。それがどうかした?」
「いいえ。ただ、さすがリクスさんだと思っただけですわ」
サリィは、どこか理解を諦めたかのような清々しい表情でそう答えた。
しばらくして治療が終わると、俺はサリィに手を貸して立ち上がらせる。
「その……ありがとうございました。あなたが来てくれなかったら、ワタクシは今頃……」
サリィは頬を染め、しどろもどろに言ってくる。
が、気がかりでもあるのか不意に表情を暗くした。
「しかし……敷地外で魔法を使って人を傷つけたことは、校則に触れてしまうようですわ。本来であれば、今回のことは賞賛されるべきことですのに」
苦々しい表情で、そう口にする。
退学のことを言ってるんだろうが、残念ながらそれが俺の狙いだ。
王都を救った英雄にされてしまう可能性も否めないが、校則は校則。絶対的な学校のルール。もし退学処分にしてくれないのなら、全力で抗議してやる。
「そんなこと、サリィが気にする必要はないよ。これは俺の問題だから」
「でも、ワタクシを助けたせいで、リクスさんは……」
「だからいいって。俺が助けたくて助けたんだし、バルダは殴りたくて殴ったんだから。後悔してないよ」
そう。
サリィ達が傷つけられてムカついたのも事実だが、過剰にボコボコにしたのは、バルダとの戦闘中、そうすることで退学できると知ったからだ。
いわば、より退学しやすくするための保険である。俺がもし、退学を是としない優等生だったなら、もう少し有利に事を運べたんだろうが――バルダが相対したのが俺だったのは、不運でしかない。
とにかく、今回の件は一石二鳥。
一片の悔いも無いのである。
「そ、そうなのですわね。それほどまでに、ワタクシ達のことを……」
不意にサリィは視線を外す。
その横顔は、真っ赤に染まっていて――
「どうしたの? 顔赤いけど」
「! な、なんでもありませんわ!」
サリィは、慌てて否定する。
よくわからんが、耳の先まで真っ赤にして怒っている……のか?
俺、なんか怒らせるようなこと言ったかな?
うーん、心当たりが無い。
とりあえず、話題を変えておくとしよう。
「それより、こんなことになっちゃったけど、どうする? レストラン予約してるんだよな?」
俺は、フランへ視線を移す。
「こんなこともあったし、やめておいた方がいい気がします。ドタキャンで、お店には迷惑掛けちゃうけど」
「うん、僕もその方がいいと思うよ。それに、人払いの結界のせいでレストラン内部も混乱してるだろうし」
フランの言葉に、サルムが首肯する。
「ワタクシも同意ですわ。護衛の皆様も、急にワタクシが消えて心配していらっしゃることでしょうし」
「そ、そそ、そうダネ。俺もそれでいいと思うヨ」
「どうしましたリクスくん? なんだかショック受けてませんか?」
「え、そんなことナイヨ。気のせいダヨ」
フランの問いに、慌ててそう答える。
べ、別に? 初めての友達との食事で内心楽しみにしてたとか、そんなことないし?
今回のお礼に驕って貰って、タダ飯喰えるんじゃないかとか、そんなこと考えてないし?
あわよくば美少女2人に「あ~ん」して貰えるかもとか、そんな恥ずかしいこと、絶対考えてないんだからね!!
……嘘ですちょっと考えてました。うぅ、世界は残酷だ。
俺は1人、心の中でさめざめと涙を流すのだった。
――そんなこんなで、王都での戦いは幕を閉じたのだが――俺は、まだ知らない。
この事件を引き金に、とんでもない事件が巻き起こることを。
そして――ニートでロクデナシな俺が、後に「英雄」ともてはやされるようになってしまう、ほんの序章に過ぎないことを。
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