第36話 サリィの恋心
《三人称視点》
――その日の夜。
王都の一等地にある、大きな屋敷にて。
ここは、王国でも高い権力を持つルーグレット伯爵家の屋敷だ。
言わずもがな、サリィの実家である。
護衛中、人払いの結界に阻まれてサリィを見失った護衛部隊は、それはもう生きた心地がしなかった。
万が一、ルーグレット伯爵の娘になにかあれば、自分たちの首が飛ぶことはわかりきっていたからである。
が――幸い、サリィは何事も無かったかのように戻ってきた。
護衛を仰せつかった者達を含め、イーガル伯爵――サリィの父親が、心底安堵したのは言うまでも無いだろう。
そして現在。
夕食を早々に終えたサリィは、二階の自室の扉を開け、中に足を踏み入れた。
「お嬢さま、食後のデザートがまだ残っていますが」
後ろから付いてきた、二十代前半と思われる黒髪のボブカットのメイドが、そう声をかける。
サリィの専属メイド、アイサだ。
「いりませんわ。あなたも、他の仕事に回ってよろしくてよ」
サリィは、後ろに控えるアイサにそう声をかける。
主人がこう言うとき、暗に「1人にして」と伝えているのだということを、アイサは知っている。
伊達に10年近く専属メイドをやっていないのだ。
「わかりました……何かご用があれば、ベルを鳴らしてくださいませ」
短く礼をして、アイサは引き下がった。
部屋に入ったサリィは、火属性魔法で
「~~~~っ!」
サリィは枕に顔を埋め、声にならない声を上げる。
足をジタバタと動かし、必死に昂ぶる感情を発散しようとしていた。
その行動の発端は――言わずもがな、リクスにある。
「どうしてこうも、彼のことを思いだしてしまうんですの!?」
サリィは、混乱の渦中にいた。
リクス=サーマル。
第一印象は、自分よりも周囲の視線を独占していたことに対する嫉妬や苛立ちだった。
だから、つい勝負を吹っかけて――手堅く勝利を収めた。
そこまでは良かったのだ。自分がリクスより上だと証明できたことで、溜飲が下がると思っていた。
同時に、リクスへの興味も薄れるだろうと。
なのに――勝負の後の方が、より彼を意識するようになってしまった。
勇者の弟なら、それなりに自尊心も高いと思っていた。なのに、負けて尚、何も気にしていないようだった。
そればかりか、出力を見誤って魔力欠乏状態で苦しんでいたサリィを気遣う一面も見せた。
自分のプライドより、他者を心配する人間。
息が詰まるような貴族社会では、時に自分を強く見せねばならない。間違っても、足下を見られるような弱気な態度を見せてはならないのだ。
だから、いつの間にかサリィの考えは凝り固まり、増長していた。
それ故に、サリィはリクスという人間に興味を持つことになる。
そして――今日。その興味も、サリィが経験したことのない方向へ移ろうとしていた。
「大体、リクスさんが何だって言うのです!」
ガバッと顔を上げ、叫ぶサリィ。
その顔は、薄暗い室内でもわかるほど、真っ赤に染まっている。
「リクスさんは、ただのご学友。そう、ごく普通のクラスメイトですわ! ただ、勇者の弟で、超級魔法を撃てるばかりか、上級魔法を無詠唱で起動できる天才で、そのうえ優しくて、あと……か、かか、格好良くて……って、何を言っているのよワタクシは! ていうか、全然普通のクラスメイトじゃありませんでしたわ!?」
ばんばんっと、枕に額を打ち付けるサリィ。
サリィは今日、絶体絶命の窮地を、リクスに助けられた。薬で強化された反則級に強いバルダを一方的にねじ伏せるという、底知れない強さを見た。
そして――知った。
彼は、学校での勝負のような場所ではなく、本当に困っている人がいるときに、その桁外れの力を振るう人なんだということを。
――「俺が助けたくて助けたんだし、バルダは殴りたくて殴ったんだから。後悔してないよ」――
リクスの言葉が、サリィの脳内でリフレインする。
自身の学校残留と、友人を救うこと。その両者を天秤にかけ一切迷うことなく、退学してでも救うことを選んだ、まさしく英雄たる人柄。
むしろ退学を喜ぶような発言をしていたが、あれはきっと、サリィ達を救うためなら退学なんて安いものだという意思表示。それが証拠に、リクスがバルダを追い詰める動作に、一切の迷いが見られなかった。
あっさりとリクスによって助けられたとき、サリィはなぜかリクスの顔を直視できなかった。
だというのに、今になって何度も何度もリクスの顔が頭に浮かんでくる。
「あーもー! 一体どうしてしまったんですのワタクシは! さっきからリクスさんのことばかり考えて――」
「お嬢さま、どうされたのですか」
「ひゃいっ!?」
突然真横から声をかけられ、サリィはベッドから跳ね起きた。
いつの間にか、サリィの側にはメイドのアイサがいて、不思議そうに首を傾けていた。
「あ、ああ、アイサ!? いつからそこに――ていうか、呼んでいませんわよね!」
「たった今です。申し訳ありません。呼ばれていないのですが、あまりに大きな声で独り言を発しておられたので、どうされたのかと」
「わ、ワタクシそんな大きな声を出しておりましたの!?」
「はい。何やらリクスさんがどうのこうのと……ひょっとして、ご学友ですか?」
「そうですわ。ただ……」
サリィは、自分の胸に手を置いて、ひとつ深呼吸をした。
「少し変なんですの」
「変、とは?」
「笑わないで聞いてくださいまし? その……リクスさんのことを考えると、胸が熱くなるというか、それなのに何度も考えてしまう状態でして」
「なるほど、それは……ぷふっ」
「わ、笑わないでって言いましたのにぃ!」
サリィは、アイサの身体をぽかぽかと叩く。
「申し訳ありません。つまり、お嬢さまはリクス様に対して好意を寄せておられるのですね?」
「へ?」
突然の指摘に、サリィは首を傾げる。
「ですから、お嬢さまはリクス様に恋愛感情を抱いているってことですよね」
「ワタクシが? リクスさんのことを、好き?」
「はい」
サリィは、言葉を噛み砕くようにして反芻し――やがて、あたふたと慌てだした。
「そ、そそ、そんなはしたない! ワタクシがリクスさんを好きになるだなんて、ありえませんわ! 絶対に、そう絶対に!!」
「そうですか……では、仮にリクス様に強引に身体を抱きよせられ、口づけを求められているシーンを想像してみてください。もし羞恥心を感じると同時に、嫌な気分にならないなら――そういうことです」
「は、はぁ?」
サリィは、半信半疑のまま想像してみる。
リクスの顔がすぐ近くにあって、優しい瞳が自分を見下ろしている姿を。そして、不意に瞼が閉じられ、その距離が近づいていき――
「~~~~っ!!」
とたん、サリィは沸騰したように真っ赤になって、枕に顔を埋めてしまった。
(わ、ワタクシとリクスさんが、き、キスを……! うぅ、恥ずかしい! こんなに動揺するなんて、ワタクシ、本当にリクスさんのことを好きに!?)
その妄想は、リクスに少なからず恋愛感情を抱いていることを、サリィ自身の心に刻み込んだのであった。
「あら。少し苛めすぎましたか。しかしこの反応は……ふふっ、お嬢さまにも春が来たようですね」
その様子を見ていたアイサは、1人楽しそうに微笑むのだった。
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