第37話 決行前夜

《三人称視点》




「失敗したようだな」




 薄暗い室内に、平坦な声が響き渡る。




 ここは、知る人ぞ知る秘密の地下研究施設。


 周囲の壁は冷たく無機質で、模様のように描かれた魔法陣に魔力の光が通っている。


 部屋の中央には拘束具があり、その横には円筒形のガラス管が三つ並んでいた。




 その三つのガラス管の中は液体で満たされ、女性の身体を模した人形が体育座りで浮かんでいる。


 その人形に、顔は無い。いや、顔となる部位はあるが、鼻や口といったパーツが形成されていない。




 中途半端に完成した、魔造人形ホムンクルス


 そう呼ぶのがもっともしっくり来る状態であった。


 そして、その円筒形のガラス管の前に、2人の男が立っていた。




 1人は、先程言葉を発した、顎髭を蓄えた初老の男――ニムルス=ウェールゼン。


 そしてもう1人。




「わ、悪ぃ」




 その場に膝を突いた少年――バルダが、あちこち腫らした顔をしかめて応じた。


 


「勇者の弟1人捕らえられず、あまつさえそのザマか。笑えんな」


「ぐっ……け、けどよ! あいつの強さはおかしいぜ! 《指揮者コンダクター》……様から貰った力増幅パワーライズを使用して、全く歯が立たなかったんだ。あいつ、俺との初戦で手を抜いていやがった……!」




 バルダの弁明を聞いていたニムルスは、ここで初めて苦々しい表情を浮かべた。




 バルダの身体は、小刻みに震えている。


 それは、彼の心が折れていることを示していた。




 一見問題児であるバルダを《神命の理》が買っているのは、バルダのメンタルの強さにある。


 汚いことでも平気でこなし、敵に一度負けても勝つまで相手を追い詰める。それこそ、百回でも二百回でも。


 その底知れない真っ黒な執念を買われ、バルダは組織の一員となっているのだ。




 そんなバルダが、二度目にして完膚なきまでに心をへし折られている。


 少しのことではへこたれない、この不屈の精神を持つ男が。


 それは――リクスとの隔絶した力量の差を身を以て見せつけられた、純粋な「恐怖」によるものだろう。




 つまりリクスは、ニムルスが想定していた以上のバケモノということだ。


 


「まいったな。調整は最終段階だというのに、これでは我等の計画が、日の目を見ることはないぞ」


 


 ニムルスは、ガラス管の中に浮かぶ魔造人形ホムンクルスを見つめる。


 そして――更にその奥の暗がりを見据えた。


 無機質な壁に背を預け、鎖で雁字搦めにされている何かが、そこにいた。




 それは一見人のようにも見えるが、あまりに醜い姿をしていた。


 左腕だけが異常に大きく、皮膚の一部が鎧を纏っているかの如く光沢を放っている。


 元が人間なのか、それともゼロから造り出したものなのか。それすらもわからない。


 ただわかることは、その痛々しい姿は、ガラス管の中出眠る未完成の魔造人形ホムンクルス達よりも、冒涜的で禁忌に触れているものだということだけだ。




「なんとしてでも、勇者エルザを捕らえなくては。そのための弟誘拐作戦だったが……うん。待てよ」




 ニムルスは、傷だらけのバルダを見やる。


 そして、ニヤリと口角を上げた。




「バルダくん、その傷は当然、リクスに受けたものだよな」


「あ、ああ」


「であれば、において、退学を進言することができる」


「だがヤツは……リクスのヤロウは、自分が退学になることなんて、全く臆してなかったぜ。それで揺さぶりを掛けたところで――」


「なぁに、リクスくんを脅かすのではないよ。リクスくんを退学にする正統な理由は揃った。あとは、「リクスくんに魔法で攻撃されたから退学にしてやる!」と吹聴ふいちょうすればいい。そうすれば、それを聞いた勇者エルザは、弟を退学から守るために我々に接触してくるだろう」




 勇者エルザは、不意打ちでどうにかなる相手ではない。


 弱みを握り、冷静な判断力を欠き、その上で自分たちに有利な状況に誘い込んで、初めて勝機が生まれる相手だ。




 弟の退学という危機に焦った勇者を捕らえればいい。


 本当はリクス本人を人質にした方がより成功率は高まったかもしれないが、ないものねだりをしても仕方ない。




 あの「凪の勇者」や「鉄の生徒会長」と呼ばれた女が、弟をデロデロに甘やかしている――というか、わりと引くレベルで、リクスLOVEというのは日々の監視から十分過ぎるほど伝わってきている。




 彼の進退が、エルザのウィーク・ポイントになることは間違いない。




「バルダくんには、勇者エルザの気を引き付けるために協力してもらおう。リクスくんが君に暴行を働いたという事実は本物。どんな形であれ、冷静さを奪うことはできる」


「ああ、もちろんそのつもりだ」




 バルダは、こくりと頷く。




「作戦決行は、明日だ。まったく。生徒の尻ぬぐいもしなければならないとは。これだから、管理職はいやなんだ」




 あからさまに嫌味を吐き捨てるニムルス。


 だがそれは、《神命の理》幹部としての発言では無い。




「悪いな、。」




 バルダは、ニムルスへ向け歯切れ悪くそう告げた。


 世界に巣喰う外道魔法結社 《神命の理》の幹部、ニムルス=ウェールゼンは――王都一誉れ高いラマンダルス王立英雄学校の、副学校長だったのだ。




 今まさに、喉元まで迫る闇が、学校を飲み込もうとしていた。

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