第34話 鎧袖一触

《三人称視点》




(もう、ダメですわ)




 どうしようもない現状を憂いたサリィは既に諦めきっていた。


 数秒後に来たる末路を思い身体を震わせていた。


 隣のフラン達を見ても、同じような反応を示すばかりだ。




 どれだけ強かろうと、太刀打ちできないものがある。


 非力な学生が、強大な力を前に心を折られるのは必然。


 だからこそ――サリィは驚いていた。




 自分たちを庇うように立ち、剣に手を掛けるリクスの姿に。




「どうして? あなたは諦めないんですの?」




 サリィの弱々しい問いかけは、リクスに届かない。代わりに、リクスの剣を中心に猛烈な魔力が集い始めた。




「火を統べる陽界の覇王よ、我が命ず、大いなる力を貸し与え給え――」




 ゆっくりと。


 サリィ達が聞いたことのない詠唱が紡がれる。


 されど、その詠唱がデタラメでないことを証明するかのように、眩い炎の熱と光が、剣に集まっていく。




「冥府の業火よ、ただ純粋なる猛威を振るいて、立ち塞がるものを焼き尽くさん――」




 リクスが剣を抜き、腕を引き絞って構える。


 息をするのも忘れるくらい、桁外れの魔力が集約され、肌を焦がす炎の力を纏っている。


 その集約される威力は、目の前に迫る氷塊をも凌駕するほど――


 まさか、これが――




「本物の、超級魔法……ですの?」




 サリィが息を飲んだ瞬間、リクスの呪文が高らかに完成する。




「――“インフェルノ”!!」




 刹那、リクスは剣を空に向けて突き上げた。


 眩い赤が、視界を埋め尽くす。


 解き放たれた業火は、うねりをあげ、一直線に頭上の氷塊へと着弾。




 凄まじい熱量の炎は、氷塊を瞬く間に蒸発させ、消し飛ばした。


 それでも、全く威力の衰えない赤き光は、遙か高く舞い上がり、雲を突き抜けて空へ吸い込まれていく。




「な、なにぃ!?」




 自分の攻撃があっさりと破られるなど想像もしていなかったバルダは目を剥いた。


 その間隙を逃さず、リクスは中級魔法“エア・ブレード”を剣に纏わせ、バルダめがけて放った。




 バルダの“アイス・フォール”は、所詮元が上級魔法。


 いくら魔力量で威力を底上げしたとて、等級が上がるわけでは無い。


 英雄や宮廷魔法使いがなんとか使える、そのレベルの魔法たる“インフェルノ”――本物の超級魔法に、敵うわけがなかった。




 飛翔する風の刃を咄嗟に避けたバルダだったが、避けきれるはずもなく、風の刃はバルダの左腕を切り飛ばした。




「っぁああああああああああああっ!!」




 左腕を押さえ、バルダはその場に蹲る。




「く、くっそ……“ヒール”!」




 傷を最低限回復する無属性初級魔法である“ヒール”を、飛ばされた腕の根元にかける。


 辛うじて血は止まったが、それだけだ。失った部位を再生させるには、上級の回復魔法が必須なのだから。




「よ、よくも……リク――ッ!」




 怒りのままに吠えかかろうとするバルダは、「ス」という言葉を飲み込んだ。


 大きく見開かれた瞳には、拳を振り抜かれた状態で目前まで迫っているリクスがいたからだ。




 バルダが、傷の手当てに要していた僅か数秒で、リクスはバルダの懐深くまで接近していたのだ。




「治癒魔法なんて使うなよ。お前を殴った証拠にならないだろ」


「ひっ!」




 リクスはただ、退学するための明確な証拠が欲しいだけ。


 それでも――なんとか虚勢を張ろうとしていたバルダの心は、今度こそ粉々に砕け散る。


 ただただ、底知れないリクスの一挙手一投足が恐ろしい。




 自分は――いや。組織は。


 決して触れてはならない逆鱗に触れてしまった。


 虎の尾を踏んでしまったのだと悟るのに、一秒もいらなかった。




「ま、待て――」




 聞かず、リクスの右拳がバルダの頬を捕らえる。


 続いて、左拳が腹を捕らえ、バルダの身体がくの字に折れ曲がる。




「がはっ!」




 肺の空気を唾液と共に吐き出したバルダの顎を、跳ね上げた右膝が穿つ。


 リクスは、バルダを睥睨しつつ言った。




「どうした? まだまだこれからだよ?」


「っ!」




 バルダの顔から血の気が引いていく。


 攻防が――否、リクスの一方的な攻撃が勢いを増していく。




 迅速で撃ち出される拳と蹴り。


 止めどない猛攻を受け、バルダの身体が踊る。


 必死に“ヒール”をかけて回復しようとするも、その速度より尚速くリクスの攻撃がバルダを打ちのめしていく。




 むしろ、回復して粘っている分だけバルダの苦しみが増していく。


 


 その様子を、フラン達は信じられないという形相で見守っていた。


 基本やる気がなく、手を抜いているリクスが、初めて見せる「本気」。




 どこか飄々としているリクスが見せた怒りと、容赦の無さ。


 それは、リクスが編入試験でやったことが紛れもない事実であったことを、彼等に強く印象づけた。




 そして、リクスという人間が紛れもなく勇者の弟だということを理解した。




 やがて――戦いの音が止む。


 バルダは、全身をボコボコに殴られて既に気を失っていた。




「ありゃ、ちょっとやりすぎたな……まあ、自業自得だしいいか」




 その側には、まるで無傷のリクスが立っている。


 リクスとバルダのリベンジマッチは、リクスの圧勝で幕を閉じたのだった。

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