第33話 放たれる奥義、決める覚悟

《リクス視点》




 怒りを惜しげもなく吹き出し、距離を詰めてくるバルダを見ながら、俺の気持ちは少なからず昂ぶっていた。




 友人を傷つけ、サリィを辱める直前まで踏み込んだ。


 あまつさえ反省の色はない。そんなヤツを、軽く二発殴っただけで気分がスッキリするほど、俺は聖人君子じゃない。




 だから、借り物の力で粋がっているとはいえ、そこそこ本気で叩きつぶせるということには感謝していた。




「うぉおおおおおおお!」




 吠えるバルダが、渾身の右ストレートを放つ。


 流星のごとき勢いで放たれたそれを、俺は左手の握り拳で真っ向から受け止めた。




 拳と拳がぶつかった瞬間、周囲に衝撃波が波及する。


 地面が波打ち、猛烈な風が吹きすさぶ。




「な、に――!?」




 バルダの瞳が、驚愕に揺れる。


 渾身の力を以て放った一撃が、俺の拳に止められ、押し切ることができないと悟ったからだ。




「こんなものかよ」


「っ! 舐めるなぁああああああ!」




 バルダの額に青筋が浮かぶ。


 即座に距離を取ったバルダが、魔力を練り上げていく。


 右手に膨大な魔力が集い、同時にバルダが声高に詠唱をする。




火魔ひまよ、三方より彼者かのものを打ち据えよ――“トライアングル・ファイア”!!」




 刹那、バルダの手から三発の火球が飛ぶ。


 “トライアングル・ファイア”は、確か火属性の中級魔法……だったか? 


 ”ファイア・ボール”より一回り大きい火球が、三方向から敵を攻める技だ。


 


 が、今のバルダは薬によって強化されている。


 必然魔力量も上昇し、火球の大きさも桁違いだ。一つ一つが一段階上に匹敵するほどの熱量を秘めている。




「ぎゃはははは! 全員焼きまくって焼却してやる!!」


「いや、頭痛が痛いみたいなこと言うなよ……」




 俺は、肌を焦がす三つの熱球を見据えつつ、背後に控えているフラン達も護るように、切り札を切った。




「――“俺之世界オンリー・ワールド”」




 瞬間、俺を中心にして、フラン達も庇護下におくように透明の魔力障壁が展開され、火球を三方向から受け止める。




 障壁の外で爆炎が上がり、熱波が吹き荒れる。


 付近にあった建物のガラスが一斉に割れ砕け、散乱した。




 だが、それほどの威力の直撃を受けても――俺の障壁は無傷。


 悠然とその存在を主張していた。




「ば、かな……ばかなバカなバカな!! 上級魔法レベルに達した攻撃だぞ!! 無属性の魔法障壁ごときで防げるわけがないだろう!!」




 いや、防げるわけがないだろう! とか言われてもな。実際防げてるわけだし。


 どうしたもんかと思っていると、不意にバルダが息を殺して笑い出した。


 


「くっ……ははは。いいだろう。どんなトリックを使ったかは知らないが、最大最強の奥義を以て、その猪口才な障壁を打ち砕くまで!!」




 そう言って、バルダは低く腰を落とした。


 瞬間、大気を振るわすほどに濃密な魔力が解放される。


 


「こ、これは……!」


「一体何が起きて……」


「まずいですわ、リクスさん! この魔力の高まり方は異常ですわ! すぐにここから避難した方が――」




 後ろで控えていたフラン達の顔から、血の気が引いていく。


 確かに、この魔力の高まり方は異常だ。


 この程度ではたぶん“俺之世界オンリー・ワールド”を破ることなどできないだろうが、それでも看過かんかできない。なぜなら――




「お前、この周辺の建物を丸ごと吹き飛ばす気なのか?」


「ああそうさ! お前ごときに止められるのなら、止めて見ろ!!」




 バルダは勝ち誇ったように叫び、両手を掲げた。


 ドクンと。不穏な気配が大気を揺らす。




「水を統べる海魔の王よ、我が声に応えよ、天を凍り付くす氷塊と化し給え――」




 重低音が響き渡り、頭上に巨大な氷塊が形成されてゆく。


 そして――




「――“アイス・フォール”!!」




 バルダの魔法が完成する。


 直径二百メートルはくだらない巨大な氷塊が天を覆い、ゆっくりと落下してくる。




「ぎゃはははは! 潰れて死ねや、リクスゥウウウウウ!!」




 バルダの歓喜に満ちた叫びと共に、残酷なほどに美しい氷の塊が迫り来る。




「そ、そんな……なんて大きさなの」




 後方でフランが震えながら、そんな言葉を絞り出す。


 隣にいるサルムもまた、この世の終わりを見るような目で、厄災と化した魔法を見上げていた。


 


「“アイス・フォール”は、直径数十メートルの氷を生み出す上級魔法のはず。でも、この桁違いの威力……まさか、超級とでも言うんですの?」


 


 サリィは、傷付いた身体を自分の腕で抱き寄せ、震えていた。




 超級、か。


 聞いた感じ、なんか凄そうだ。それになかなか派手な魔法だし。




 これは、無視できないな。


 このまま傍観してれば、王都が消し飛びかねない。


 




 俺は小さく息を吐き、“俺之世界オンリー・ワールド”を解除した。




「くっはははは!! どうした降参か!? まあ、受け入れてやるつもりはないけどなぁ!」




 バルダが、何やらほざいている。


 俺は、そんなバルダを見据えて――中途半端に忌々しい魔法をねじ伏せることを決めた。




――。




 知らなかった魔法の段階が、ようやく少しわかってきたくらいだ。


 姉さんとか、本気出せば山の一つや二つ消し飛ばす威力の魔法くらい撃てるだろうし。そういう桁の魔法を知っているから、今まで段階とか気にしたことがないのだ。


 そして――そんな魔法を使えるのは、俺も同じ。




 魔力めっちゃ喰うし、そのレベルの魔法は詠唱とかしないといけないから、面倒くさくてほぼ使ったこと無いけど。


 


 頭上を見据え、左腰に佩いた剣の柄に手を添えながら俺は物思う。




 学校に通って一週間。


 なんとなく、サリィが使った”ノックアップストーム”が、上級魔法と呼ばれる必殺扱いされる凄い魔法だということを知った。他の生徒の試合を観察し、自分が使える中でどの魔法が初級・中級に分類されるのかも少しは頭に入れた。(授業中は半分上の空だったから、少し自信がない)

 


 そして、今バルダが放った魔法が、”ノックアップストーム”以上の威力を秘めていることは客観的に見てわかる。だからこそ、サリィは超級魔法と呼んだのだろう。




 それを自分の常識に当てはめる。




「うーん、つまり俺が詠唱破棄して起動できるのは、上級魔法って呼ばれるものまでってことか」




 もちろん、本来であれば中級魔法以上は詠唱が必要になることなど、俺は知らない。




「ちょっと面倒だけど……アレを止めるには、“ノックアップストーム”みたいな上級魔法以上の威力が必要だよな。よし。やるか、詠唱」




 手っ取り早くこれを止めるには、それ相応の魔法を。




 しかし、普段なら詠唱もバカみたいな魔力の消費も、自分の不利益になることは好き好んで選ばない俺だが――今日は自分でも驚くくらい乗り気だった。




 きっと、渡りに船だったからだろう。


 まだまだ胸の奥で煮えている怒りを、全力でぶつけることができ、その上で俺の退学まで叶うんだから。




 俺は出し惜しみなんて一切せずに、秘めたる力を解放する――


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