第53話 決戦の予感

《三人称視点》




「ほ、報告します!」




 研究室内に、再度連絡係の構成員が転がり込んできた。




「どうした騒々しい。今度はなんだ?」




 聖之代弁者セイント・レプリカの最終調整を続けていたニムルスは、忌々しげに振り返った。




「侵入者の討伐に向かった、魔造人形ホムンクルスなのですが」


「ああ、無事に侵入者を始末したか。その程度の報告なら、わざわざしなくとも――」


「いえそれが、全員侵入者によって駆逐されました!」


「な、なんだと!!」




 ニムルスは、信じられないとばかりに目を剥いた。


 


「あ、ありえん! あれらは未完成とはいえ、スペックは勇者にも迫るんだぞ! だというのに、全滅したというのか……一体、誰にそんな芸当が可能だと言うのだ!?」


「何も不思議なことではありません」




 そのとき、ニムルスと連絡係の男以外誰も居なかったはずの室内に、柔和な声が響き渡る。


 いつの間にか、ニムルスの正面に気配もなく、1人の若い男が立っていた。


 その男を見て、ニムルスの表情が険しくなる。




「《指揮者コンダクター》様……」




 この研究所の所長であり、ニムルスの直属の上司である《神命の理》最高幹部が、そこにいたのだった。




「何も、不思議でないというのは一体……?」


「侵入者の中に、勇者の弟がいます。力増幅パワーライズで強化されたバルダさんを破った、彼がね」


「な、なんですと!?」




 ニムルスは息を飲む。それと同時に、自身の失策を恥じた。


 なぜなら、リクスはバルダを倒すだけの実力を秘めているが、所詮その程度であり、勇者である姉の威を借りる小者だと結論づけてしまっていたからだ。


 今になって、それが早計な判断であったと思い知らされる。




「しかし、だとすればマズいですぞ。我々にはもう、魔造人形ホムンクルスを越える戦力はない。このままでは――」


「案ずることはないですよ。じき完成するのでしょう? 人智を越えた力を持った人形が」




 《指揮者コンダクター》は、薄く嗤う。


 ゆっくりと掲げる手の指先は、起動間近の聖之代弁者セイント・レプリカを指していた。




「まさか、アレを使うのですか!」


「ええ」


「しかし、アレは我等の研究の集大成! 一度本部に持ち帰って、十分にデータをとる必要が――」


「ならば、この場で戦わせてデータをとればよろしい。それに、エルザさんさえ手中にあれば、我々はまたいつでも聖之代弁者セイント・レプリカを開発できる」


「それは……ごもっともです」




 ニムルスに不満がないわけではない。けれど、逆らえない相手が目の前に居るということは、理解している。




「魔力の抽出が終わり次第、私はエルザさんを連れて脱出します。あなたは、聖之代弁者セイント・レプリカを連れて足止めを。わかりましたね」


「は。御意のままに」




 恭しく頭を下げるニムルス。


 そして、あと数刻で完成に至る聖之代弁者セイント・レプリカを一瞥し、リクス達を迎え撃つべく研究室を後にするのだった。




△▼△▼△▼




《リクス視点》




「“ハイ・ヒール”」




 ぼそりと唱えた俺の右手から、緑色の光が放たれ、サリィの傷を癒やしていく。


 やがて傷が完治すると、苦痛に歪むサリィの顔が、和らいだ。




「あ、ありがとうございますわ」


「お礼を言うのはこっちの方だ。サリィ、みんな、ありがとう」




 俺は、身体を張って怒り狂った姉さんを鎮めてくれた彼等に頭を下げた。




「それで、これからどうするんですか?」


「奥に向かう。それで、会うべき人物に会う」


「会うべき人物、ですか?」


「ああ」




 フランの復唱に、頷いて返す。




「それが、お姉さんの暴走に関係している可能性も、少なからずあるんでしょうか?」


「十中八九、あるだろうね」




 姉さんと副学校長は、もしかしたら既に邂逅していたのかもしれないのだ。


 それで、俺の退学処分が取り消せない、もしくは停学が確定していると知って、襲ってきたのかも。




 どちらにせよ、副学校長に会いに行った姉さんがここにいるということは、副学校長もいるということ。


 直接会って、「あなたの権力で、俺を退学にしてください!」とお願いする必要がある。




「よし、じゃあ行こうか」




 サリィの治療が終わった俺達は、通路の奥へと再び歩みを進めた。




――。




 それから数分して、俺達の目の前に鉄の扉が現れた。


 一本道に続く通路には、それ以外の出入り口が存在しない。必然、俺達はその扉を開け、中に吸い込まれるようにして入っていった。




 そこは、円形の実験室のような、見渡す限り白い空間だった。


 床には転移魔法陣らしきものが描かれており、不気味なのは飛び散った血液と、息絶えた天使らしき残骸があることだ。




 それは、この場所でエルザと死闘を繰り広げた名も無き天使の亡骸。


 エルザが機転を利かせ、天使と相打ちに持ち込んだその成れの果てなのだが――当然、俺達は数分前そんな激闘があったことを知るよしもない。


 


「ここは……ん?」




 天使の亡骸に目を奪われていた俺は、部屋の奥に誰かが立っているのを見つけた。




「に、ニムルス副学校長! なんでこんなところに!?」




 その男の正体に気付いたフランが、声を上げる。


 ニムルス副学校長? つまり、この人が、俺の探し求めていた人物ってわけか!


 


 俺は、ゆっくりと彼の元へと歩いて行く。


 最初から俺達の登場には気付いていたらしい副学校長は、どこか暗い笑顔で俺達を出迎えた。




「これはこれはリクスくん、お待ちしていました。あなたがここへ来た目的は、察しております」




 副学校長は、両手を広げて俺を歓迎する。


 なるほど。


 俺の目的を察しているなら、話は早い。


 俺は、副学校長の下まで辿りつくと、これまで以上に真剣な眼差しで彼に告げた。と同時に、副学校長の言葉が重なる。




「俺の退学処置を遂行してもらいに、ここへ来ました!」


「私達の組織を壊滅させる目的で、ここへ来たのでしょう?」




 ……ん?

 

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