第21話 勝利(敗北)の余韻と、不穏な気配

《リクス視点》




「きたぁあああああああああああああああ!!」




 俺は、迫り来る嵐を見据え、歓喜の叫びを上げた。


 その声も、轟々と音を立てる風の音に掻き消されて、他の人の耳には届かない。




 そうだよ、こういうのを待ってたんだよ!!


 やっと必殺技っぽいのを放ってくれた! ちょっと威力が心許こころもとない気もするけど、一年生だしこんなもんだろう。なんか、周りのみんなも驚いてるみたいだし、それなりに凄い攻撃なんだろう、きっと。




「とりあえず、“俺之世界オンリー・ワールド”とか使って完全に防御しちゃってもまずいから、魔力と風の流れを見極めて……と」




 俺は、一歩後ろに下がって身体の角度を調整し、突風の嵐を待ち受ける。


 


「これでよし。この位置に立ってれば、そこまで大きなダメージは受けないだろ」




 俺がそう言ったのと同時、肉薄してきた嵐が俺の足下をすくい上げ、数メートル上空へ打ち上げた。




「うわぁあああああああああああ!!!」




 絶叫を上げ、風に巻き上げられた俺は、嵐の渦を離れてステージ外に落ちていく。


 一応、“身体強化ブースト”の魔法をかけて防御力を強化した上で、受け身をとりつつ地面に転がり、無様に両手足を投げ出した。




「ま、参った……がくり」




 意識を失う演技も忘れない。




「そこまで! リクス=サーマルは戦闘不能&場外につき、サリィ=ルーグレットの勝利!」




 ヒュリー先生の宣言の後、周囲の生徒達から歓声が沸き上がる。


 俺も、遂に掴んだ敗北という名の勝利に、心の中で歓声を上げたのだった。




――。




 数分後、目が覚めたという体で、俺は起き上がり、改めてサリィさんの方へ歩いて行き、互いに健闘をたたえる挨拶をした。




「いやぁ、参った参った。まるで歯が立たなかったよ! 流石はサリィさんだね」


「ふ、と、当然ですわ。ワタクシの強さを、わかってくださったかしら?」




 サリィさんは、勝ち誇るように薄い胸を張って応じる。




「いやほんとほんと。最後のあれ、凄くてビックリしたよ。……ところでさ、さっきから気になってるんだけど、何か膝震えてない?」




 俺は、サリィさんに問いかけた。


 強気ではあるが、膝が笑っている。なんとか見栄を張って立っているような感じが否めない。なんだか少し顔色も悪いし、どうしたんだろう。




「そんなことありませんわ! 目の錯覚でしょう!」


「いや、そうは見えないんだけど……大丈夫か?」


「だ、大丈夫ですわ!!」




 そう叫んだ瞬間、サリィさんは膝を折り、前のめりに倒れそうになる。




「おっと」




 俺は、慌ててサリィさんの肩を抱いて受け止めた。




「全然大丈夫じゃ無さそうだけど?」


「ちょ、ちょっとフラついただけですわ! というか、離れてくださいまし!」


「はいはい、ただいま」




 まったく、本当に強情なお嬢さまだな。


 俺はサリィさんを座らせ、手を離した。




「まったく……文句言うなら、普通に立ってればいいのに」


「そうもいかないのよ」




 横から声をかけられて振り向くと、クラスメイトの黒髪の女の子が苦笑していた。




「リクスさんもご存じでしょう? 魔力欠乏状態。要するに、上級魔法のような莫大な魔力を消費する魔法を惜しみなく放った代償ですよ」


「なるほど?」


「くっ、屈辱ですわ。あなたに魔力欠乏状態にさせられるなんて」




 サリィさんは爪を噛む。


 


「そうだったのか。辛いなら無理して見栄張らなくてもいいのに」


「み、見栄なんて張っておりませんわ! 負けた人が偉そうに言わないでくださいまし! というか、あなたこそあれだけ派手に吹き飛んだのに、どうしてけろっとしているんですの? なんだか、勝利したワタクシよりも平気に見えるんですけど?」


「そ、そんなことナイヨ。体中イタイヨ」




 ジト目で睨んでくるサリィさんから、目を逸らす。




「とりあえず、俺のことなんか気にしなくて良いから、自分の状態を心配しなよ。あなたが見栄を張ろうと勝手だけど、顔色悪いし、端から見たら辛そうなんだから。みんな心配してるよ」




 辺りを見まわすと、遠巻きにサリィさんを心配そうに見ている人達が何人かいた。


 それに気付いたようで、サリィさんは少し大人しくなった。




「……余計なお世話ですのに」


「そういうこと言うなよ。みんなあなたのこと心配してるんだから」


「リクスさんに言ったんですのよ……このお人好し」




 サリィさんは、自分の膝を抱え込んで、小さな声でそう言った。




「いやお人好しって……俺はそんなんじゃ――ん?」




 そのとき、俺は遠くから視線を感じた。それも、ただの視線ではない。




「どうかしましたの?」


「いや、なんでもない」




 そう答えつつ、俺はその場を離れ、気配のした方を見る。


 視線が投げかけられたのは、教師棟三階の一番端の窓からだった。今は気配を感じないが――




「今の視線、淀んだ気配を孕んでいたよな……」




 そう呟いた俺に対し、脳内にマクラが直接声をかけてきた。いつになく、緊張感を持った声色で。




『うん。誰かがご主人様に……




 その言葉に、俺は怪しい窓を睨みつけた。

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