第22話 姉さんのラブレター

「やっぱりか。敵意を向けていたのが誰だかわかる?」


『少し厳しいかも。距離も離れてるし、もうあの場にもいないみたいだから』


「そっか」


『役立たずでごめん……』


 しょげたように声のトーンを落とすマクラに「気にするな」と返す。




 精霊であるマクラは、人よりも周りの空気の変遷や敵意に敏感だ。


 そんなマクラが言うのだから、誰かが俺に対し害意や敵愾心てきがいしんをもっていることは間違い無い。




 だが、誰が? 何のために?


 既に気配を感じなくなった、教師棟一番端の窓を睨む。


 と。




 授業終了を告げる鐘が鳴り響いた。




「本日の授業はここまで、皆さん集まってください。……リクスさん? そんなところで遠くを見つめてどうかしたんですか?」


「いえ、なんでもありません」


「そうですか。早く整列してくださいね」


「……はい。今行きます」




 ヒュリー先生の指示で、俺は窓から視線を逸らし、他のクラスメイト達と共にヒュリーの元へ向かった。




 そのときはすぐに忘れたのだが――俺はまだ知らない。


 既に水面下で、どうしようもない悪意が動き出していることを。


 そして――数日後に決起する、学校全体を巻き込む大事件へと繋がっていくことを。


 


△▼△▼△▼




 その日、授業が終わった俺は、何者かの敵意も忘れて上機嫌で帰路についていた。


 いろいろと想定外のことが起きたが、サリィさんに負けて見せたことで、「勇者の弟としては力不足」という印象をクラスメイト達に植え付けることに成功したはずなのだから。




 それに、学内予選を敗退したことにもなるから、来週行われる本選に出る必要はない。もちろん、一ヶ月後に行われるという《選抜魔剣術大会》とやらに出場することもないわけだ。


 


 実は強いヤツなんじゃないか疑惑が立っている感じが否めないが、それはこの先ひたすら劣等生を演じることで払拭していけば良い。


 この調子で、退学を目指すんだ!




 そうすれば俺は、姉さんの臑をかじるニート生活に戻ることができる!




 そんなことを考えつつ、俺は家に帰ってくると上機嫌で玄関の扉を開けた。




「たっだいまぁ~!」




 中から返ってくる声は、ない。




「あれ。まだ姉さんは帰ってないのか。生徒会長の仕事かな?」




 まあ、何かと相手をするのも面倒くさいし、いないならそれでいいか。


 それでも夜までには帰って来て欲しいところだ。じゃないと、俺が餓死してしまう。 


 


「とりあえず姉さんが帰るまでゲームでも……ん?」




 自室に向かおうとしたとき、俺はテーブルの上に四つ折りにされた紙があるのを見つけた。


 普段はそんなもの見向きもしないのだが、その紙からものすごい圧(というか寒気)を感じて、見なきゃいけないような気がしたのだ。




 その方向へ吸い寄せられるように歩いて行った俺は、紙を拾い上げる。


 そこには「最愛のリクスちゃんへ♡」とショッキングピンクの文字で書かれていて――




「あー、寒気の正体はこれか」




 姉さんからの熱烈なラブレターを冷え切った目で見据えた俺は、中身を流し見た。




『私のリクスちゃんへ。お姉ちゃん、勇者のお仕事でちょっとわる~い人達を切り刻んでくるから、帰るの遅くなっちゃうかも。寂しいかもしれないけど、待っていてね。二人きりのディナーデートに遅れる気の利かない女でごめ――』




 最後まで読み切らずにグシャグシャと丸め、“イノセント・フレア”と呟いた。




 刹那、天井まで届く炎が、丸めた手紙を掴んだ手から吹き上がる。


 その巨大な火柱は瞬く間に手紙を消し炭にした。


 


「よし。成仏完了」




 俺は清々しい笑顔を浮かべ、ゲームをするために自室へ向かった。




 ちなみに俺は興味が無いから気付いていないが、今無詠唱で放った“イノセント・フレア”は、である。




『お姉様の手紙を焼くのに“イノセント・フレア”を躊躇いなく使うなんて……バレたら怒られるよ?』




 ペンダントから小鳥サイズで出てきたマクラが、苦笑する。




「いいんだよ、バレなきゃ」




 俺は、ヘラヘラ笑いながら言った。


 ちなみに、勇者の仕事から帰ってきた姉さんに秒でバレて、殺されかけることになるのだが、この時の俺はまだ知らない。


 破滅へのカウントダウンが始まっているとも知らず、呑気にゲームに興じるのであった。

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