第23話 勇者の実力
《三人称視点》
日も暮れかけ、西の空にオレンジ色の残光だけがあり、既に東の空は濃紺に染まっていた頃。
街の路地を、黒いローブに身を包んだ一団が走っていた。
人数にして四人。
フードで顔を隠した見るからに怪しげな彼等は、“
だがその動きは統率されておらず、むしろ何かに怯えるように我先にと逃げていくような雰囲気であった。
「クソッ! なんでアイツがここにいるんだ!」
「あの女を狙っているのは、別働隊のはずだぞ!」
先頭を走る二人が、理不尽に憤るようにわめく。
「後ろの二人、遅れずに付いてこいよ!」
「は、はい!」
「隊長、わかっていま――」
そのとき、後ろの二人の声がぷつんと途切れた。
「どうした、何かあったのか?」
前を走っていた隊長ともう一人が振り返る。
そして――絶句した。
そこには、首を刎ねられて倒れている二人の姿があった。
「ば、バカな!?」
「何の気配も感じなかったのに、どこだ!?」
「ここよぉ」
そのとき、二人の背後から――さっきまで誰もいなかった進行方向の方から、冷たい声がかけられた。
振り返るとそこには、赤く輝く光の剣を携えた少女がいた。
整った美貌に、雪も欺く白い肌。
長い白髪は夜の中で残酷なほど美しく輝いている。
そして、一際目立つ血よりも深い深紅の瞳が、残った二人を射貫いた。
「ゆ、勇者エルザ……いつの間に」
「ばかな。一瞬で二人を消したのか。そんなことが、人の剣技で可能だって言うのか」
隊長の男が、喉を鳴らして呻く。
「そんなのお茶の子さいさいに決まっているじゃない。私は勇者よぉ」
エルザは、感情の読めない表情で言う。
その、一切の感慨を見せない表情は「凪の勇者」の二つ名に相応しい。
「あなた達、《神命の理》よねぇ。世界に巣喰う外道魔法組織の……」
興味なさげに平坦な口調で言いながら、エルザは聖剣を振って
「だったら、なんだと言うんだ……」
「何が目的なのか、聞き出したいだけよぉ。さっき逃げながら言ってたじゃない。「あの女を狙っているのは、別働隊のはず」って……あの女って、私のことよねぇ」
「っ! な、なんのことだか」
隊長は脂汗を流しながら、目を逸らす。
「……そう。答える気はないのねぇ」
エルザは艶めかしい唇から小さくため息をつくと、感情の死滅した目で隊長を見据えた。
「じゃあ、もういいわ」
ばしゅん。
鋭い音が鳴る。
エルザがその場に立ったまま剣を縦に振るうと、触れてもいないのに隊長の身体が左右真っ二つに切り裂かれた。
「ひ、ひぃっ!」
鮮血を撒き散らして倒れる隊長を横目に怯えた男は、早口で呪文を唱え始めた。
「ひ、火を統べる陽魔の王よ、我が声に応えよ、
とたん、男の手から巨大な炎の塊が放たれる。
上級魔法“フレア・カノン”。圧縮した炎の塊をぶつける、対人ではなく対物用の大破壊魔法だ。
「し、死ねぇ!」
血走った目で巨大な火球を放つ男。
圧倒的な熱量が路地を埋め尽くし、エルザへと差し迫る。
――が。
「低俗な炎ねぇ」
エルザは、氷よりも冷え切った目でそれを見据え、手にした聖剣 《
その刀身から放たれる澄んだ炎が“フレア・カノン”を瞬く間に飲み込み、跡形も無く消し去った。
後にはただ、聖剣から放たれた美しい赤色の炎の残滓だけが、両者の間に舞っていた。
「ば、バカなぁ……上級だぞ。上級魔法だぞ! それを、こんないとも簡単に!」
「おバカさんねぇ。人間の生み出した魔法の炎と、聖剣の炎じゃ、純度が違うのよぉ」
人間が使う魔法は、火・水・風・土・無属性の五つに分類される。
だが、エルザのような選ばれし人間が使うことの許される聖剣や、魔剣と呼ばれる人智を超越したものは、聖属性と魔属性に分類される。
人が本来扱うことのない、人間を越えた力。即ち、天使や悪魔……それも、最上位に分類されるクラスと同等の力を持つのが、聖剣や魔剣と呼ばれるものなのだ。
《
人が使う不純物の混じった魔法など、純粋な力を持つ聖剣の前では
「そ、そんなバカな……」
「残念だったわねぇ、あなたの負けよぉ」
エルザはそう言って酷薄に笑うと、残った男に剣を振り下ろした。
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