第64話 青春の一コマ

 その後。


 ダメ押しで校長室に突撃した俺は、くつろいでいた校長へ向かって「《選抜魔剣術大会》って出なきゃダメですか?」と聞いたら「うん、出て」と即答された。




 それでも諦めきれなくて「じゃあ、他の人に権利を譲るとか――」「無し」と、俺が言い終わる前に否定されたため、俺は本格的に意気消沈したのである。




 そのときに、ついでとばかりに昨日の事件の詳細を教えて貰った。


 ウチの副学校長と姉さんの元師匠であるヒュリー先生が黒幕だったことを知って、めちゃくちゃ驚いた。




 今は2人とも監獄に輸送中。


 研究所に残っていた他の構成員達は、順次姉さんやエレン先輩達が捕縛中とのことだった。




 いやぁほんと、おつとめご苦労様というか、姉さんには頭が下がる。


 姉さんが帰ってきたときように、カササギ堂の一個1200エーンする最高級フルーツゼリーでも買っておくとしよう。




 そんなことを考えつつ、校長室を後にした俺は、とぼとぼと教室へ戻った。


 「ちょっとトイレ~!」と言って教室を出てから、一時間近く経っている。どうせもうみんな帰っただろうと思ったら、案の定教室はがらんとしていた。


 数人を除いて、みんな帰ってしまったようだ。




「あ、リクスくんが帰って来ました」




 その残っている数人の1人――フランが俺に気付いて笑顔を向けてくる。




「本当だ」


「どこに行っていたんですの?」




 その周りにいたサルムとサリィが、釣られて俺の方を向いた。




「いや、ちょっと校長先生といろいろ話してた。そっちは教室に残って何してんの?」


「何って、それは――」




 俺が聞くと、3人はきょとんとした顔でお互いに顔を見合わせ、それから同時に言った。




「「「リクスくん(さん)が来るのを待ってたんだよ(ですの)」」」




 さも当然のように言ってくる彼等に、俺は目を白黒させる。


 もうみんな帰ったのに? 俺を? なんで。


 そんな俺の心中を察したように、サリィは。




「水くさいですわよ。ワタクシ達は死線をくぐり抜けた親友。一緒に帰るのは当然でしょう?」


「そ、そんなもんなのか……?」


「そんなもんなんです」




 俺の問いに、フランが間髪入れずに答える。




「そうだ。どうせ今日は休みだし、お昼ご飯みんなで一緒に食べません?」


「いいですわね。この前行きそびれたレストランに行ってみたいですわ」


「じゃあ、それまで買い物でもして……あ、兄さんとリクスさんは、前と同じように荷物持ち担当で……」


「え!? また!?」




 わいわいガヤガヤと騒ぐ3人を見て、俺は達観したように目を細める。




 そっか。親友か。


 俺は退学し損ねて、怠惰で自堕落な生活を送るチャンスをまた逃してしまったが。


 その代わりに得たものは確かにあったのだ。




 俺は、真っ当に青春してる自分に気付き、キザな笑みを浮かべ……ふと違和感を覚える。


 




 待て待て、俺なんで普通に学園生活満喫してんだよ!?


 俺が目指すのは、「ゲームが友達! 引き篭もりニートの安心安全自由ライフ」だぞ!




 なんか知らぬ間にSクラスに上がっちゃったし、このままだと放課後ハンバーガーショップで友人に囲まれて談笑する、ただの陽キャ優等生ライフに一直線だ!




 リアルが充実する=ゲームと睡眠の時間が減る=由々しき。


 ま、マズい!




 俺は滝のように冷や汗を流し、この後王都で遊ぼうとしている3人に声をかける。




「あの。悪いんだけど、俺この後用事があるから行けないや。だからみんなで楽しんできて」


「そうなんですの? 残念ですわね」




 3人が、悲しそうに目を伏せる。


 なんだか心が痛むが仕方ない。これは、俺の未来のために、避けては通れない選択なんだ。


 そんなダメ人間まっしぐらな決意を固めた、そのときだった。




 バンッ! と、勢いよく教室の扉が開かれた。


 思わず振り返った瞬間、俺の顔からさーっと血の気が引いていく。


 俺の視線の先には、肩で息をしている白髪赤眼の少女――エルザ姉さんの姿があった。




「こ、ここにいたわぁ~!!」


「げっ、ね、姉さん!?」




 ズカズカと大股で入室してくる姉さんの迫力を前に、俺はたじろぐ。


 何が目的かは知らないが、一つだけわかることがある。




 姉さんが俺を探していて、厄介ごとに巻き込まれなかったことなど、今まで一度もないということだ。




「リクスちゃ~ん。こんなところで何油を売ってるのぉ~? 姉さんが外道魔法組織クソども後始末ゴミそうじをしてるって言うのに、手伝いにもこないのねぇ~?」


「あ、いや……それは。別に悪気はないっていうか、姉さんを労る気はちゃんとあったというか……」




 枯れるんじゃないかと思うほどの勢いで、体中から嫌な汗を流しながら、俺はしどろもどろに応じる。




「……あ、今わかりました! 用事ってお姉さんの手伝いのことだったんですね! 私達の誘いよりも、英雄的仕事を優先するなんて、流石はリクスさんです」




 フランがなんかよくわからない勘違いをして、羨望の眼差しを向けてくるが、俺はそんなこと気にしている余裕はない。




 だぁーもうチクショウ! よくわからん組織の後始末なんて御免だ! かくなる上は――!




「ごめん姉さん。実は大事ながあって、そっちを優先しなきゃならないから!」


「先約ぅ~?」


「そそ! 先約!」




 俺はフラン達の方をぐるりと振り返って。




「よし。じゃあまずどこに行く? 洋服店? 雑貨屋? いやぁ~荷物持ちという大役を仰せつかったからには、何なりとご所望くださいませお嬢様方!!」




 ――もう、半ばヤケクソだった。




「え……え? 一緒に来てくれるなら嬉しいんですけど、用事の方は」


「いいのいいの! 学生の本分は学びと遊び! よくわからん組織の始末なんてしてられるかぁ! さあ行こう!!」


「あ、ちょっと待ってください!」




 一方的に言い捨てて教室を飛び出した俺を追って、フラン達が慌てて荷物を抱えて教室を出る。




 本当は家に帰ってゲームしたいのだが、姉さんを丸め込む大義名分が欲しい。


 友人との時間を大切にするという、いたいけな弟の願いを踏みにじるほど、姉さんは鬼ではないはず――




「こら! 待ちなさいリクスちゃん! 大人しく姉さんの言うことを聞きなさい!!」


「うぉおおおおお!! やっぱ鬼でしたぁああああああああ!!??」 




 教室の扉を破壊して追ってくる姉さんから、全力疾走で逃げる俺。


 またもや“居留守之番人イレース・ガード”の存在を忘れていたことは、言うまでもない。




 ――この日。


 生徒達がいなくなった学校に、勇者の怒号と、とある生まれたての英雄の情けない絶叫が木霊したのだった。


―――――――――――――――――――――――


あとがき


読んでいただきありがとうございます。

第一章は、これにて完結となります。次話からは第二章ということで、新章選抜魔剣術大会編に突入となります。

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