第63話 望まぬ大会への片道切符

 ――それからおよそ三十分後。




「ぁああああ……」




 俺は喉の奥底から響く声を出しながら、ぐったりと校舎の壁にもたれていた。


 理由は単純。全校集会が終わって一度教室に戻り、エーリン先生が解散を告げた瞬間に、波が打ち寄せるようにどっと俺の周りに人だかりができたからだ。




 やれ勲章を見せてくれだの、やれ昨日の戦い(武勇伝)を聞かせてくれだの、まるで俺が英雄であるかのような扱いを受けて、質問攻めにされたのである。




 俺はあまりの圧力に耐えきれなくなり、「ちょっとトイレ~!」と言い捨てて、教室を飛び出してきた。


 それでも皆が追ってくるから、学校中を走り回ってなんとか巻き、今は人気の無い校舎裏でしなびた野菜みたいになっているわけである。




「ちくしょう……無駄な体力使ってしまった」


『そうだね。認識阻害魔法の“居留守之番人イレース・ガード”を使えば、ここまで逃げ回る必要なかったのにね』


「……あ」




 マクラの独り言じみた回答に、俺は目が点になった。


 そうじゃん。その手があったじゃん。逃げるのに必死で頭から抜けてたわ。




「てか、思いついてたんなら言ってくれよ! お陰で逃げ回るはめになったじゃんか!」


「えー、ご主人様のことだからきっと何か理由があって、認識阻害魔法を使わないんだと思ってたんだけど……」


「んなわけあるか!!」




 頭を掻きむしりながら、ギャーギャー喚き立てる。


 だから、気が付かなかった。近くに居た1人の女子生徒を、呼び寄せてしまったことに。




「む。どこかで聞いたことのある声だと思ったら、貴様だったか」




 声をかけられ、俺は顔を上げる。


 すると、分厚い魔導書を片手に、背の高い女性が立っていた。銀碧色シルバーグリーンの長髪に、金と銀のオッドアイが特徴的な彼女は――




「リーシス先輩……いや、リーシス皇女殿下とお呼びした方がよろしいのでございますでございましょうか?」


「なんだそのメチャクチャな丁寧語は。リーシス先輩で構わんよ。フランクに接してくれ」




 隣のメルファント帝国の第三皇女である(らしい)リーシス先輩は、呆れたようにため息をついた。


 フランクに接して欲しいというなら、そういうことにしよう。




「えっと、先輩はどうしてこんな人気の無いところに?」


「ああ、なんとなく木陰で本を読みたい気分でな。すぐそこにある木の下でのんびりと過ごしていたところだ。貴様こそ、何をこんな人気のないところで騒いでいたのだ?」


「あ、いやまあ、ちょっと……クラスメイトに質問攻めにされて、過ごしづらかったもので」


「なるほど。まあ、無理もないか。一年で「ロータス勲章」を得たのならば、注目の的にもなろう」


「……へ?」




 俺は小首を傾げ、胸元で輝いている蓮の花型の勲章を見る。


 


「これ、そんなすごいものなんですか?」


「なんだ貴様、「ロータス勲章」がどんなものかも知らんのか」


「はい、まあ」




 リーシス先輩は「呆れたものだ」と一言呟いてから、淡々と説明を始めた。




「「ロータス勲章」はな、300年の歴史あるラマンダルス王立英雄学校の歩みの中でも、両手の指で数えるほどしか与えられた者がいない名誉の勲章だ。学内生徒において、たとえば大会で優勝するなどの武勲を上げただけでは得られない。武勲に加えて、確かな実力と、何より“英雄に相応しい偉業”を成し遂げた者にのみ贈られるものだ」


「ま、マジっすか? これ、そんなに価値あるものなんですか」


「ああ。おそらく、貴様が思っている数万倍はな」




 マジで? この金属のバッジが? うそーん。




「しかも、今年は貴様の姉君に加えて、騎士団副団長のエレン先輩まで同じものを所持しているから、3人もの生徒が「ロータス勲章」を持っていることになる。伝説級の勲章を持つ者が3人も在学しているなど今まで類を見ない快挙で、皆騒然としているのだ。加えて……貴様はバッジを受け取った中でもだ。注目の的にならない方がどうかしている」




 ……ん?


 なんか今、気になる言葉を聞いたぞ。




「ちょっと待ってください。史上最年少って、俺がですか?」




 もしそうだとすれば、俺は勇者である姉さんよりも早く、勲章を得たことになってしまうわけだが。




「ああ、そうだ。貴様の姉君でも、「ロータス勲章」を授与したのは昨年度の二年次の頃だったからな。だから、皆こう思っているはずだぞ。「勇者の弟は、姉より優秀だ」とな」


「いや、それはない。絶対にない」




 ていうか、あってはならない。俺は、優秀な姉のスネを齧って生きたいのだ。その姉より俺の方が優秀とか言われたら、その大前提が狂ってしまう。




「謙虚だな貴様は」




 リーシス先輩は爽やかに嗤いながら――トドメを刺すかのように、とんでもない爆弾を放ってきた。




「まあ、それはそうと。これで貴様は正式に、来月余の国で開催される《選抜魔剣術大会》の特別選抜枠にしたわけだ。大変だと思うが、頑張れよ」


「……は?」




 俺は、思わずマヌケな声を上げてしまった。


 《選抜魔剣術大会》って、今学内決勝大会が行われてて、そこで勝ち抜いた代表者6人と特別選抜シード枠の2人の計8人が、本校の代表として出場する、三カ国の代表校合同でてっぺんを決める大会だよな。




 そのシード枠に……正式内定? 俺が!?




「ちょちょちょ、ちょっと待ってください!? なんで俺がその特別選抜枠に入ってるんです?」


「なんだ貴様、それもわかってなかったのか」




 リーシスは小さくため息をついた後、説明をしてくれた。


 かいつまんでまとめると、こうだ。なんでも「ロータス勲章」を得た生徒は他の全てに優先され、問答無用でシード枠にぶち込まれるらしい。




 俺の他に姉さんとエレン先輩が「ロータス勲章」を所持しているが、去年選抜魔剣術大会で優勝した姉さんは大会規定により出場を認められないため、必然的に除外となる。


 よって、俺とエレン先輩が特別選抜枠に収まったわけだ。




 それも……


 まあつまり、イス取りゲームの一個だけ残っていたイスを、俺が横から掠め取ってしまったわけである。




「そ、それって。俺、先輩方に恨まれるんじゃ……」


「恨まれるだろうな、そりゃ。いきなりしゃしゃり出てきた一年に、チャンスを奪われたんだから。ま、せいぜい暗い夜道には気をつけることだな」


「ひ、ひぃっ」




 勘弁してくれよ。と、俺は辟易するしかない。




「ま、余がわざわざ三つ目の席を用意する必要もなく、貴様で勝ち取った席だ。せいぜい大切にするんだな」




 そう言って、リーシス先輩は去って行く。


 


「――いや、完っっっ全に要らない戦利品なんですが。先輩方に席を売っちゃダメかな、オークション形式で。ダメか、ダメですよね。そうですよね」




 俺は情報過多でオーバーヒートしつつある中、ぼそぼそと独り言を放ちつつ、乾いた笑いを浮かべるしかないのであった。

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