第二章 《選抜魔剣術大会》編

第65話 再び始まる学園生活

「かったりぃ……」




 朝。


 太陽の日差しが燦々と照りつける街の一角を歩きながら、俺はぼやいた。


 


 俺の名はリクス=サーマル。


 怠惰を極めし昼寝族にして、「遅寝・遅起き・昼ご飯」を信条とする、最強自宅警備員エリート・ニートだ。




 そんな俺にとって、朝の清々しい空気と太陽の光は猛毒でしかない。


 新品同様の制服は、王国中の誉れだが、当然そんなものに興味の無い俺はテキトーに着ている。


 そんなわけで、げんなりしながら俺はとぼとぼと学校へ向かっていた。




 そう。勇者の姉の臑をかじって生きていく気だったのに、俺は強制的に学校へ通わされているのである。


 それも、王国最難関のラマンダルス王立英雄学校に。




 これまで俺は、幾度となく「自堕落な生活に戻る!」という目標のために動いてきた。


 


 なのに、編入試験では面接官に気に入られ、つい怒りに身を任せてクズな先輩の試験官をボコボコにしたらトップクラスの成績で編入してしまった。


 その後も退学するためにあの手この手を尽くしたが、友人には命の恩人だと感謝されるわ、挙げ句の果てには大規模テロを鎮圧した英雄としてもてはやされるわで、さんざんな目に遭った。




 今日は臨時休校開けの日。


 《神命の理》とかいう外道魔法組織の地下研究所の調査・解体が終わり、今日からまた学校が始まるのだ。


 


 といっても、学内決勝大会の続きがあるため、授業はないのだが。




「あー、帰りたい……」


『まだ学校に着いてもいないのに、もうそんなこと言ってるし』




 俺の独り言に、ペンダントの中にいるマクラが反応した。




「いいだろ別に。俺が学校行きたくないの知ってるよね」


『そりゃまあ、知ってるけど……』




 マクラが呆れたような声を出す。


 と、そのときだった。




「お~い、リクス!」


「リクスくん!」




 後ろから何やら声をかけられ、振り返る。


 すると、こちらに向かって手を振りながら駆けてくる男女がいた。




 友人のサルムとフランだ。


 相変わらず兄妹仲はいいらしく、今日も2人並んで登校している。


 2人は俺のとこまで来ると、「おはよう」と眩しい笑顔で挨拶してきたので、俺も「おはよう」と返す。




「今日から同じクラスだね」


「ああ、そういやそうだったな」




 サルムの言葉に、俺は思い出す。


 例のテロ鎮圧の剣で、俺達はSクラスに昇級したのである。


 正直気乗りしない。特進クラスとか目立つだけでなんのメリットもないし、「あなたた達は選ばれし英雄の卵ザマス。だから通常授業に加え、特進クラスだけの特別授業を行うザマス」とか言われそうで怖い。




 はぁ、と小さくため息をつくと、2人は首を傾げた。




「あれ? リクスくん、「ロータス勲章」はどうしたんですか?」




 ふと、フランが俺の胸元を指さして聞いてきた。


 そこには、俺が貰った蓮の花型のバッジは付けられていない。




「ん? ああ、なんか一々服を洗うときに外さなくちゃいけなくて面倒だから付けてない。アクセなら、首から下げてるし」




 そう言って俺は、マクラが入っているルビーのペンダントをつつく。


 俺にとって、勲章などはオシャレアイテムとしての効果しか期待していない。


 


「そ、そうなんですね。普通見栄を張ったり、アイデンティティの一つとして付けたいはずなのに……まったく興味がない辺りがリクスくんらしいです」


「だね」




 フランとサルムが、互いに苦笑する。


 と、フランが何かに気付いたようにじっと俺の胸元を見てきた。


 今度はなんだろうか?




「どうしたの?」


「いえ。ちょっと失礼しますね」


「?」




 俺は首を傾げ、直後。真剣な顔つきですぐ近くまで近寄ってきたフランが、俺の胸元に手を伸ばしてきて、ぎょっとした。




「ちょ、ちょ……ふ、フラン!?」


「すいません。ネクタイが曲がっていたので、気になって」


「へ? そんなことで……わざわざ直そうとしなくても」




 彼女の細い指が、曲がったネクタイに触れる。


 ガーネット・ピンクの瞳がすぐ近くで揺れ、髪の毛から漂う甘い香りが鼻腔をくすぐる。


 眠気が一撃で吹き飛び、俺は気恥ずかしさから慌てて一歩下がろうとして――




「動かないでください。すぐに整えますから」


「うっ……」




 俺は、為す術無くフランの言うことに従うしかなかった。




「……よし、と。これで大丈夫です」


「あ、ありがとう……ございます」




 上目遣いでにっこりと微笑むフランに、顔中が熱くなる。


 なんとか小声で礼を言うのがやっとだったし、しかも思わず敬語になってしまった。




「さあ、行きましょう。あまりもたもたしてると、予鈴が鳴っちゃいます」




 フランとサルムは、俺の横を通り過ぎて早歩きで登校を再開する。


 俺は、ぼんやりと彼等の……いや、フランの背中を見つめていた。




「…………」


『ご主人様?』


「…………俺、今度からわざと着崩して行こうかな」


『おい』




 俺の独り言に対し、マクラが冷たいツッコミを入れるのだった。

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