第43話 動き出した悪意

《リクス視点》




「勝った勝った! 勝ちましたよ、リクスくん!」


「ほんとだなー。凄いなあいつ」




 まるで自分のことかのように喜び、興奮した様子で俺の方を見てくるフランに、頷いて返す。


 サルムもまた、感心したように、颯爽と退場していくサリィを見送っていた。


 


 今相手にしたヤツは、どうやら一年Sクラスの代表生徒らしい。


 つまり、実力面では一年で最も強いと思われる生徒だ。


 その相手を完封とは。なんでそんな強い子が、バルダにやられていたのかよくわからないけど、あのバルダのことだ。汚い手を使って不意打ちでもしたに違いない。




 とにもかくにも、サリィの圧勝から始まった決勝大会は、これ以上ないほどの盛り上がりを見せていた。


 観客のサリィに向ける興味も、相当なものである。




「やるなぁ~あの子」「可愛い顔して強いとか、ズルいぜ!」「俺、今日からサリィ様の下僕……あ、いやファンになる!」




 おい、最後のヤツ。心の声が漏れてるぞ。


 そんなことを思いつつ、サリィが吸い込まれていった入退場口を見ていると、エレン先輩が身を乗り出して俺の方を覗き込んできた。




「やるなぁ、あの子。君達のクラスメイトなんだろう?」


「はい、まあ。今後が楽しみです」




 たぶんすぐに退学するから、今後を見ることはないだろうけど。心の中でそう付け加える。




「あの年で風属性魔法を使いこなしてる。大したものだと思うよ。ま、ウチほどじゃないけどね」


「うわー、さらっとマウントとりましたね」


「心外な。事実を言っただけだけど?」


「まあそりゃ、事実でしょうけど」




 エレン先輩は王国防衛の要となる現役の副騎士団長様だ。


 本人は嫌味を言ってるつもりも、マウントをとったつもりもないんだろう。自分の方がサリィより強いという、純然たる事実を口にしただけだ。




「しっかし、暇だな~。どうせならウチも決勝大会参加したかったな」


「特別選抜枠に入ってるんだから、参加する必要自体ないのでは?」


「そうなんだけどね。ウチは、同じ学校の生徒とぶつかり合いたいんだよ。こう、青春の一ページというか、なんというか。そう、そんな感じ」


「は、はぁ」




 そんな感じ。とか言われても、どんな感じなのかよくわからない。




「実際今日は、観戦する予定もなかったんだけどね。当初はサボって、君のお姉さんと模擬戦をする予定だった」


「いやいやいや、決勝大会は確か全生徒強制参加ですよね? 生徒会長と副会長が2人揃ってなんてことしようとしてたんですか」




 思わぬ爆弾発言に、思わず天を仰いだ。


 学年を越えて観戦できるシステムも、飽きてサボる生徒が出ないようにとの配慮らしい。


 もう退学するからルール破っても怖くない俺ならまだしも、現役のトップ2が堂々とサボってしまおうというのは、少し問題があるのではなかろうか。




「いいんだよ~、バレなきゃ」


「なかなか剛胆ですね」


「はは。そんくらいじゃなきゃ、騎士団の副団長なんてやれないって」




 エレン先輩は爽やかに笑い飛ばした。


 ほんとに、肝が据わっていらっしゃる。


 


「ところで、その模擬戦する予定だった姉さんはどこに?」


「ああ、それならさっき副校長のところに行ったよ。それで思いだしたけど、君噂になってるよね?」


「噂ですか?」


「うん。街中で同級生相手に魔法を使って、痛めつけたって話」


「それ、三年生の間でも広まってるんですか!?」




 俺は少し驚いた。


 情報の伝達が早すぎる。




「そこまで気にしてなかったけど、結構噂になってたと思うよ。もしそうなら退学案件だけど、実際のとこどうなのさ」


「……事実です」


「ふ~ん、そっか」


「ま、待ってください!」




 そのとき、ずっと話を聞いていたフランが割り込んできた。




「そのことなんですが、リクスくんは私達を護るためにルールを犯したんです! 好き好んで誰かを傷つけるような人ではないので、どうか勘違いだけはしないであげてください!」


「うん、わかってる」


「え」


 


 必死で訴えていたフランが、思わぬエレン先輩の反応に目を見開く。




「ウチが尊敬する勇者の弟だからね。何か理由があったことは、容易に察しが付く。校則では表向き正当防衛も認められていないけど、相手の過失割合が高いと証明できれば少なからず話は変わってくるだろう。それに、君は三年生の間でも人気が高い。君の味方をして抗議してくれる人もいると思うよ」


「エ……なんで人気高いんですか?」




 なにそれ、初耳なんですけども。




「君は編入試験で腫れ物の《暴君ブロズ》と《速撃エナ》を下したからね。ファンが多いのさ。相手の方が過失割合が高く、ルールに則った君の退学を良しとしない声が学内にある以上、学校としても無視はできない。譲歩して停学ってところじゃないかな? だから安心していいと思うよ」


「そ、そうデスカ」




 ここにきて、退学できない説が濃厚になってきた……だと!?


 これは由々しき事態だ。




「まあ、そんなわけでウチは君の進退を然程心配してなかったわけだけど……いかんせん、君の姉さんは心配性だからね。退学になるという噂を耳にした瞬間、副校長先生のところに飛んで行ったよ。在校生の進退のジャッジを下すのは、ニムルス副校長だから」


「ま、マジですか……」




 姉さんが、俺の退学を阻止するために動き出してしまった?


 だとしたら非常にマズい。仮にも姉さんは、この学校の生徒会長であり、勇者。その権力だって、決して低くはないだろう。




 ただでさえ雲行きが怪しくなりかけている状態で、権力者の鶴の一声がかかれば、どうなるか。想像に難くない。




「……止めなきゃ」


「ん? 弟君?」




 俺が立ち上がると同時に、エレン先輩が首を傾げる。


 俺が今からすべきこと。それは、姉の暴走を止めること。俺の退学を阻止するために、副校長に会いに行った姉を、今から全力で追いかけて止めることだ。




「もう一刻の猶予もない。この暴走を止めなければ……!」


「リクスくん、何を言って……?」




 フランがそう問いかけてきた、そのときだった。


 不意に、地響きが鳴りだした。それは瞬く間に大きくなり、威圧感と共に膨れあがっていく。




「な、なに!?」「何が起きてるの!?」「地面が揺れて……きゃあ!」




 あちこちで戸惑う声が上がり、次の瞬間。


 ステージを下から突き破り、大量の陰が現れた。




 それらは、一言で言うならモンスターの群れ。


 ドラゴンやグリフォンなどの架空生物に、ゴーレムなどの魔法生物。


 それらが数十匹という単位で、地面を突き破って現れたのだ。




「「「「キシャアアアアアアアアァ」」」」




 天を割らんばかりの咆哮が、彼等の口から放たれる。


 




「召喚獣の群れ、だと……!? なんでそんなものが、学校の地下から現れたんだ? いやそれより、弟くんは地鳴りの前に、何かに気付いていたようだった……まさか、この暴走に会場中の誰よりも早く気付いていたのか!?」




 背後で、エレン先輩の驚いたような声が聞こえるが、そんなもの聞いている暇はない。


 なんか、前触れも無くいきなりよくわからない事態になったけど、たぶん学校側のサプライズイベントか何かだろう。




 とにかく、俺がやることは依然変わらない。


 姉さんが副校長先生に接触する前に、姉さんを止める! 俺の退学のために!!


 そう覚悟を決め、俺は状況が飲み込めて居ないような生徒達を置き去りに、駆けだした。


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