第42話 サリィVSアリオス

《三人称視点》




「“ファイア・ボール”!」




 大仰に魔杖を掲げ、勢いよく振り下ろすアリオス。


 起動する魔法は火属性初級魔法の“ファイア・ボール”。


 が、使い手は一年の暫定主席。ただ“ファイア・ボール”を起動したわけではない。




「刮目せよ! この僕のビューティフルな魔法マジックを!」




 得意げに語る彼の周囲には、計5つの火の玉が浮いていた。


 “ファイア・ボール”の多重起動マルチタスクだ。




「行け!」




 人差し指をびしっとサリィに向けるアリオス。


 それにあわせて、5つの火の玉が一斉にサリィへと殺到する。




「ふはははは! 避けられるものなら避けてみろ!」




 アリオスは高らかに笑う。


 サリィは、迫り来る火の玉を見据え――同時に、ステージを蹴って駆けだした。


 彼女の身体は“身体強化ブースト”で強化されており、当然その速度も迅速。飛翔してくる火の玉に真っ向から突っ込んでいく。




「な、なんで止まらない! 丸焦げになるぞ!」


「そのつもりはありませんわ!」




 サリィは、迫り来る火の玉を一太刀で薙ぐイメージを瞬時に構築し、鋭い一閃を放った。


 レイピアに纏わせた魔力の残滓が、斬撃の軌跡に煌めき、同時に5つの火の玉が、真っ二つに切り落とされる。




「そ、そんな!」




 驚愕に目を剥き、距離を取るために後ろへ下がろうとするアリオス。




「逃がしませんわ! 土魔どまよ、大地の呪縛にて束縛せよ――“ガイア・バインド”」




 サリィは駆ける速度を緩めることなく、中級土属性魔法“ガイア・バインド”を詠唱する。


 刹那、アリオスの足下から土の縄が現れ、足を地面に縫い付けた。




「ちっ!」




 動きを止められたことに苛立つアリオス。


 咄嗟に初級魔法“ウォーター・フロー”を起動し、生み出した水で足を縛る土を洗い流す。




 アリオスの足が止まった瞬間は、ほんの数秒。されど数秒。




「はぁあああああ!」




 その数秒で、レイピアを携えたサリィはアリオスの懐に飛び込んだ。




(魔法一本で戦う魔法使いの弱点は、魔法剣士に比べて圧倒的に、近距離への対応能力が低いこと! そこに勝機がありますわ!!)




 サリィは腕を振り抜き、レイピアの鋭い切っ先をアリオスめがけて放つ。




「ちぃっ!」




 が、アリオスもさるもの。


 “身体強化ブースト”した身体を捻り、迅速の一撃を紙一重で躱す。


 体勢を整え、アリオスは距離を取るために“ウィンド・ブロウ”を放つ――が。




「風魔よ、烈風の戦鎚を放て――“ウィンド・ブラスト”」




 レイピアを突き出すと同時に唱えていた“ウィンド・ブラスト”が、アリオスの魔法と同時に放たれる。


 2つの突風が至近距離でぶつかり合い、互いにしのぎを削る。実力は伯仲している――かに思われた。




「うぐっ!」




 拮抗していたのは一瞬。


 アリオスの放った技は初級魔法。当然、中級魔法の“ウィンド・ブラスト”には威力が劣る。




 ある程度威力を相殺したとはいえ、吹き飛ばされないよう耐えるだけで精一杯だ。




(まだだ! この攻撃は二段構え。言うなれば初手のレイピアはブラフで、この“ウインド・ブラスト”こそ本命の技だ! 確実に仕留めるための攻撃で仕留めきれないのだから、僕にも勝機が――)




 冷静に分析して反撃のチャンスを窺っていたアリオスだったが、その瞬間に思考が飛んだ。


 同時に、鋭い痛みがアリオスの側頭部を突き抜ける。




 不意打ちの三撃目。


 サリィの放った渾身の回し蹴りが、アリオスの側頭部に突き刺さっていたのだ。




「甘いですわね。ですわよ」


「かはっ――」




 アリオスは、大きく地面をバウンドしながら転がっていく。




 サリィのこの攻撃は、いつか見たリクスとの戦いの焼き直し。


 二撃目を本命としていた“ウィンド・ブラスト”が、あっさりとリクスに避けられてしまったことで、更なる高みを目指して研鑽した結果、三撃目がトドメになる場合のことも、サリィは考え抜いていた。




 そして――渾身の蹴りを叩き込んでなお、サリィは油断しない。




「こ、この……Cクラスの分際で!」




 アリオスはよろよろと立ち上がり、右手を床に置いた。




「君と僕の、圧倒的な力量の差を見せてあげるよ。火を統べる陽魔の王よ、我が声に応えよ、眩き炎で大地を覆い給え――“フレア・カーペット”!」




 矢継ぎ早に紡ぐ呪文は、上級火属性魔法、“フレア・カーペット”。


 一年生で使える生徒は稀なため、周囲の観客からどよめきと歓声が巻き起こる。


 そのボルテージも巻き込んで、炎がステージ上を走り抜ける。


 文字通り真っ赤な炎のカーペットが敷き詰められていくがごとく、サリィへ襲いかかる。




 しかし、サリィは動じなかった。


 アリオスの紡ぐ呪文から、起動する魔法を予測して、先読みで唱えていた。




「風魔よ、我が身を空へ解き放て――“エア・トランポリン”!」




 空気を厚め、弾力性のある幕を造り出す。


 それを踏んで飛び跳ね、サリィは空高く飛び上がった。当然、炎の絨毯では空中を捕らえることなどできない。




「な、なにぃ! 僕の上級魔法を避けて――!」




 驚愕するアリオスへ、レイピアの切っ先を向けるサリィ。


 そこから、トドメとなる一撃を放った。




「風魔よ、烈風の戦鎚を放て――“ウィンド・ブラスト”!」




 風の戦鎚が、レイピアの切っ先から飛んで行く。


 上級魔法を放ち、半ば勝ちを確信していたアリオスは為す術もなく――暴れる風に身体を揉みくちゃにされながら、吹っ飛んでいった。




 突風でついでに炎の一部が吹き飛んだステージ上に、サリィは足音軽く降り立つ。


 ステージの端まで転がっていったアリオスは、意識を刈り取られて泡を吹いて気絶していた。




『な、なんということでしょうか! 当初の予想は大きく覆され、白星をあげたのはなんと、一年Cクラス代表、サリィ=ルーグレット選手です!』




 実況の女生徒が、高らかに宣言した瞬間、あちこちから歓声が上がる。


 当初の下馬評を覆す大波乱からの幕開け。これ以降、サリィを中心にこの決勝大会は盛り上がっていくと、誰もがそう信じて止まなかった。


 決勝大会の裏では、人知れず闇が進行している。


 それが爆発するまで、もう幾ばくの猶予もない。

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