第40話 登場、生徒会副会長

 サルムと合流した後、俺達は一年生の代表者が総当たりで戦うフィールド――第一円形闘技場の観客席へと向かった。


 途中、選手として準備をしなくてはならないサリィと別れ、フラン達と三人で客席に足を踏み入れる。




「うおー、結構賑わってるな」




 階段状に、闘技場をぐるりと取り囲んでいる観客席を見上げながら、俺は息を飲んだ。


 俺も、ここに隣接されている別の闘技場で編入試験を受けたが、そのときよりも遙かに人が集まっている。




 なんとか三人並んで座れる席を見つけると、俺達は腰を落ち着けた。


 右も左も、前も後ろも人で埋め尽くされている。


 あ、後ろに座ってる美人のお姉さん、なんか旨そうなもん食ってるな。




「それにしても、毎年こんな賑わう行事なのかな?」




 待ち時間が暇で、右隣に座ったサルムになんとなく話を振る。




「さあ。僕も君と一緒に編入した組だし、フランも今年入学したばかりだからね。例年どうなのかまでは、ちょっとわからないかな」


「そっか、それもそうだよな」




 当たり前すぎるサルムの回答に頷く。


 すると、左隣に座ったフランが、何かを思い出したように言葉を付け足した。




「あ、でもですね。私が入学して間もない頃、剣術ショーが闘技場で開かれたのですが、そのときよりも観客数は多いですね」


「とすると、かなり賑わってるってことか」




 この学内決勝大会は、三日間かけて行われ、生徒は強制参加の行事となっている。


 ただし、一学年の六人が総当たりで一日10試合の計30試合行うため、一学年だけを見ていたいという生徒は少ない。




 よって、各学年の生徒が自分の所属する学年以外の試合を見られるようにしてあるのだ。




 一年生部門では、総当たりでより多く勝利した2名が代表として来月の《選抜魔剣術大会》に出場する。


 一年生部門では2人。二年、三年も同様と思われるから合計6人で……ん?




「あれ、ちょっと待てよ」


「どうしたんですかリクスくん」




 フランが、不思議そうに俺の顔を覗き込んでくる。




「あー、いや。ちょっと気になったことがあったもんで」


「気になったこと?」


「うん。《選抜魔剣術大会》には、この学校から8人の代表選手が出場するんでしょ? だったらこの決勝大会では、6人しか代表が決まらないような――」


「あ、言われてみればそうですね。残りの2人はどう決まるんでしょうか」




 フランも、細い顎に指を当てて考える仕草をする。




「残りの2人は、特別選抜枠として、学校側から指名されるんだよ」




 ふと後ろから声をかけられ、振り返る。


 何かの菓子を食べていた、上級生と見られる女子生徒が、顔を近づけてきた。


 薄紫色の髪をポニーテールにまとめ、どこか軽薄そうな見た目の中に凜とした空気を纏っている。




 なんとなく、この人は強い人だと直感でわかった。




「おっと失礼、いきなりしゃしゃり出て。ウチはエレン。こんなんでも3年Sクラスだ。よろしく一年生ズ」




 エレン先輩は屈託なく笑った。


 それに対し、何か考え込むような顔つきだったフランが、慌てて頭を下げた。




「よ、よろしくお願いします。私はフランシェスカって言います。1年Cクラスです」


「僕はフランの兄で、サルムといいます。先週編入したばかりで、1年Eクラスです。それで、隣にいるのが――」


「――リクスです。1年Cクラスです」




 俺は小さく頭を下げる。


 それに対し、エレン先輩は一度驚いたように目を見開いたあと、俺の方に顔を近づけてきた。




「へぇ、まさかこんなところでエルザの弟くんに会えるとはね」


「姉さんを知ってるんですか?」


「逆に知らない人っていると思う?」


「……思いません」


「そういうこと。まあでも、ウチはある意味エルザに一番距離が近い存在かな。親友的な? あの子、人と馴れ合うの嫌いだからさ。弟くんもそう思うだろう?」


「いえ。毎日ベタベタされて困ってます」


「え? あ、そう。……もしかして、エルザってブラコン?」




 もしかしなくてもブラコンだと思う。


 そんなことを思いつつ頷くと、不意に何かを考えていたようだったフランが「あー!」と声を上げた。




「どうしたの?」


「お、思い出しました。エレン先輩……どこかで聞いたことあるし、見たことある顔だなって思ってたんです。生徒会の副会長さん……ですよね?」


「「え! 副会長!?」」




 編入したての俺とサルムが当然知るはずもなく、2人揃って素っ頓狂な叫び声を上げてしまった。


 驚いてエレン先輩の方を凝視すると、先輩は白い歯を見せて笑った。




「確かにそうだね。ウチは生徒会副会長をやってる。あとは、騎士団の副団長もね。だから、それなりには腕が立つつもりだよ。《選抜魔剣術大会》における特別選抜枠のうち一つを、ありがたく頂戴しちゃったしね」




 騎士団の副団長か……どうりで強そうだと思ったわけだ。


 二枠しかない特別選抜枠に選ばれたのも納得である。ちなみに姉さんはこの学内大会にも《選抜魔剣術大会》にも出場しない。なぜなら去年優勝しており、優勝者は以降出場できない規定となっているからである。




「それにしても、弟くんは今回出場しなかったんだね。ブロズ達を打ち負かした君なら、十分代表者入りを狙えるのに」


「いや、まあ……諸事情ありまして」


「本気で力を解放することはしないんだろう? 人殺しとか正義とか、そういうのにあんまり興味がないって、エルザが言ってた」




 彼女の答えに、俺は黙り込む。


 確かにそうだ。俺が好きなのはあくまで自由。


 誰にも縛られず、ただ食って、寝て、ゲームして。そんな毎日を送りたいだけ。


 本気を出すだけ時間と労力の無駄なのだ。




 だから、人殺しなんてしたいと思ったこともないし、正義とか考えたこともない。


 ただ――時と場合によって、感情のリミッターが外れれば、そのときはたぶん、俺も本気を出すと思う。




 例えば、自分が命を奪われるだろう絶対的な危機。


 例えば、大切な人が苦しめられ、怒りが昂ぶったとき。




 まだ、マジの本気を出したことは一度もないけど。


 だって



 まあ今回に関しては、勇者の弟として注目されてしまえば、いろんな人に幻滅されて退学を達成するという目標から遠ざかることを危惧して、わざとサリィに負けた結果というだけなんだが。


 


 そんなことを考えていると、にわかに周囲が騒がしくなった。


 それにあわせて、眼下のステージ両側の入り口から生徒が入場してくる。




 第一試合――サリィの出場する戦いが、幕を開けたのだ。

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